「ロール」

 

ロール2

ところで、毎朝「アキホちゃん」と呼び掛けてくる彼の事、私はあまりよく知りません。
名前も知りません。
年齢は25歳くらいでしょうか。
とりあえず、私よりは年上だと思います。
あぁ、男の人だっていうのは確実です。
毎朝遅刻している雰囲気なのも確実です。
もう少し早く起きたらいいのに。
そんな彼も1年以上、このコンビニに通っています。
いつの頃からか私の事を名前で呼ぶようになりました。
それからいつの頃からか、毎朝、格言みたいな言葉を言ってから去るようになりました。
今日は「火は水で消えると思うな」でした。
火は水で消えると思いますが。

 

彼は急いでいるくせにコンビニの中ではゆっくりと歩きます。
コンビニを出るととても急いで自転車に股がって孟ダッシュで漕いでいきます。
「ねぇ、最後のあれ、なんなの?」
今日、始めての朝シフトのカンロさんが言いました。
カンロさんは一児の母です。
まだ若いです。
パートタイマーです。
「私にも分かりません。なんなのですかね」
私はそう言いながらレジ横に立て掛けている大学ノートを取り出します。
ページを開くと今日の日付を書いてからその下の行に「火は水で消えると思うな」と書きます。
「え?嘘でしょ?これ、全部毎朝、あの人が言っていった言葉なの?しかも、全部書き残してるの?」
カンロさんは大きな声で言います。
私は黙ったまま頷きます。
「昨日は『遠吠えが遠くに届くとは限らない』。なんなのこれ?」
カンロさんは「気持ち悪い」とでも言うような声で言います。
というか、その後すぐ「気持ち悪い」と言いました。
それから「変なのに付きまとわれているのね、警察に相談した方がいいわよ」とも言います。
「そこまでじゃないですよ」
私は思わず笑って言いました。
「彼はただの遅刻常習犯ですから」

 

 

「ロール」-2-
2013.11.17

ロール 2
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