「ロール」

 

ロール14

その日はざわついた。
何がざわついたか。
僕だ。
僕がざわついたのだ。
でも、僕だけでなく、町全体がざわついているようにも思えた。
それはSNSに投稿された1つのつぶやきによって起こったざわつきだった。

「エミナが○○町で撮影してる」

僕がそのつぶやきに行き着くのは必然だった。
暇すぎる職場でエミナちゃんの記事や画像を探すのはもはや、それこそが職務だったからだ。
そして、僕は思った。
とりあえず、なぜこのつぶやきの主は「エミナ」なんて慣れ慣れしく呼んでいるのだ。
だが、それよりも。
それよりもマジか。
マジなのか?
○○町ってここじゃねぇか。
ガセか。
本当か。
どーなんだ?
ネットの情報は危うい物も多いからだ。
例えば、うちのデブメガネ担当のトイチが、ネットではもてはやされている。
だから、簡単に信じはしない。
しかし、僕は見つけてしまったのだ。
画像付きのつぶやきを。
撮影中と思われる画像。
こ、こ、ここは!!!
確かにこの町だ!!!!!

 

寝ているトイチを叩き起こす。
「ちょっとさ、外回り行ってくるわ!」
トイチの返事を待たずに僕は店の自転車に股がった。
そして、フルダッシュ。
自転車フルダッシュ。
しかしそれでも安全運転。
限りなく歩行者優先。
横断時は右見て左見て右見てGO!!!
だって、エミナちゃんを一目見る前に死んでしまったら話にならないもの!
だけどダッシュ。
ダッシュこの上ないダッシュ。
そして、現場に到着。
公園近くの住宅街だった。
こんなところで何の撮影をしているのかさっぱりだけど、少し人だかりができていた。
ファンが駆けつけているのか、10人以上はいそうだ。
僕は自転車を道の端に停める。
そして、人だかりへ向かって歩く。
僕は期待した。
エミナちゃんの姿を。
ゆっくりと人混みを掻き分ける。
撮影スタッフらしきやつらが見える。
10メートルくらい離れている。
僕は目を凝らす。
凝らした上で気付く。
気付いた上で声に出していた。
「あれ?エミナちゃんいないなぁ」
それを聞いていたのか、僕の隣にいた男が言う。
「エミナ、今トイレ行ってるらしいよ。公園の」
は?
何だこいつ。
何で「エミナ」とか呼び捨てにしてんだよ。
どいつもこいつも、エミナちゃんを彼女だとでも思ってんのか?
腹立つ・・・。
え?
トイレ?
公園のトイレ?
この近くの公園と言えば、遊具など何も無いあの小さい公園だ。
ヤバイぞ!
あそこはトイレットペーパー常時不足トイレだ!
なんてこったい!
僕は人だかりを抜けて、自転車に股がる。
「待ってろ!待ってろよ、エミナちゃん!」

 

公園は近い。
すぐに着く。
トイレの側にはスーツを着た男が見張りのように立っている。
マネージャーか?
確かに、エミナちゃんがトイレ中なんて事が分かれば変態が出る可能性があるからだろう。
現に、三方を垣根に囲まれた公園の入り口にはカメラ小僧たちが何人かいる。
ふざけやがって!
しかし、そんなことよりもエミナちゃんだ。
今ごろトイレットペーパーが無くて困っているはず。
僕は自転車の荷台に積んでいる箱を開ける。
トイレットペーパーを一つ出す。
「花言葉トイレットペーパー」だ。
しかし、僕は思った。
これを持ってどーするのだ?
トイレに行って、あのマネージャーに「あの、これ、使ってください」とでも言うのか。
それこそ変態だ。
い、一体どーしたらいいんだ!?

その時だった。
メシアが現れた。
彼女が通り掛かったのだ。
「恋は一日にして成らずトイレットペーパー」で変身を遂げた彼女だ。
音楽を聴いて歩く彼女に駆け寄り声を掛ける。
彼女は一瞬驚くが、僕に気付くとイヤフォンを外して「あ!どうしたんですか?」と言う。
「頼みがあるんだ」
僕はそう言った。

 

話を飲み込んだ彼女は、トイレットペーパーを手につかつかとマネージャーらしき人物のところまで歩く。
周りのカメラ小僧たちがざわつく。
トイレの前で二人が話している。
緊張の瞬間だ。
彼女はマネージャーらしき男にボディチェックを受けている。
必要か?
それは必要なのか?
僕は疑問に思いながら固唾を飲んで待った。
彼女がトイレに入っていく。
なるほど、あくまでもマネージャーは女子トイレに入らないってことか。
少しして、彼女が出てき・・・エミナちゃんも一緒に出てきた。
僕はその一瞬で隠れてしまった。
そして音を立てないように自転車に股がり発進させた。
マッハ2くらいの体感速度で町を走った。
なぜ。
なぜだ。
なぜ僕は隠れる?
そして、なぜ逃げなければならない?
それも体感速度マッハ2もの速さで。

 

 

「ロール」-14-
2013.12.2

ロール 14
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