『頭上のライク』

 

11

もうすぐ23時になりそうだ。
僕は帰りの電車の中でやさぐれていた。
人もまばらな座席にでーんと座り、迷惑この上ない乗客になっていた。
さぞかし僕の頭上の数字は下がっているだろう。
しかし、今はもうそんなことどうでも良い。
とにかく、「アイツにはもう二度と慈悲の心などで接してやらん!」という怒りというか、嫉妬心が僕の心を飲み込んでいたからだ。
アイツとはもちろん同期のアイツだ。
ハナオカさんに好かれているという事実が発覚したアイツ。
あぁ。
思い出してしまう。
恥ずかしそうにそれをカミングアウトするハナオカさん。
あの恥じらった感じは、とても魅力的だった。
しかし、あれは決して僕に宛てたものではないのだ。
…ちきしょうてやんでいべらぼうめ。
別に、狙っていたわけでもなんでもない。
そもそも僕には良くできた彼女がいる。
そうさ!
あんな、朝の挨拶でさえ、好きなやつとそうじゃないやつで心の込め方を変えるような女、勝手にすればいい!
僕には良くできた彼女が…。

 

なんだかすごく虚しくなった。

 

愚痴って開き直って、また愚痴って。
僕の醜い嫉妬心はここぞとばかりに大活躍だ。
そんな嫉妬心を抱えたまま電車を降りる。
改札を出て、家へと歩く。
僕は考える。
歩きながら考える。
本当ならハナオカさんや同期のことを応援してやるべきだろう。
しかし素直にそれができない僕がいるのは事実だ。
だって、ハナオカさんとアイツだ。
考えられない。
考えられないにも程がある。
だから、ハナオカさんがあの告白をしてから僕の心は行方知らずになった。
そうやってつい数時間前のことを思い出しながら、歩く。
ハナオカさんがアイツにあげるプレゼントを「大丈夫かな?」と相談してきた。
僕は「大丈夫ですよ!」と普段に無い明るさで答えた。
そこからは、止まらない。
僕はもう終始笑顔だ。
笑顔でハナオカさんの恋の相談を聞き、笑顔でハナオカさんの恋の相談に答える。
笑顔でハナオカさんのアイツに対する想いを聞き、笑顔でハナオカさんのアイツに対する想いに相づちを打つ。
笑顔でハナオカさんとワインを飲む。
笑顔でハナオカさんとワインを飲む僕の心はそこにあらず。
帰りも「とても楽しかったです!」と笑顔でハナオカさんに挨拶をして、さようなら。
ついでに言うなら、笑顔で「頑張ってください!」とまで言った。
僕はなんて偉いんだ!
なんて大人なんだ!
なんて優しいんだ!
と、そこまで自分を褒め称えた頃には家の前まで来ていた。
簡単なロビーを抜けて、エレベーターで4階に上がる。
脱力感で一杯だった。
こんな夜は家で飲み直して、さっさと寝るに限る。
うん。
そうだ。
そうしよう。
僕の醜い嫉妬心も疲れたらしい。
なんだか落ち着いてきた。
家のドアの前に立って、鍵を取り出す。
解錠して中に入る。
部屋の明かりが点いている。
良い匂いがしてきた。
どうやら、彼女が料理を作っているようだ。
さすが、僕には勿体ないくらいの彼女だ。
何かを炒めている音を聞きながら、「ただいま」と言う。
「おかえりー」と声がする。
台所を覗く。
僕を見て、「どうせ飲み直すでしょ?」と言う、エプロン姿の彼女。
「さすがだね!」と言おうとした僕だけど、それを言えずにそこに立ちすくんだ。
嘘だろ。
彼女の頭上の数字が872になっていた。
僕が最後に見たのは623だぞ!?
何でそんなに!?
そこで僕は嫌なことを思い出す。
そう。
今日、彼女は同窓会へ行っている。
そこで、200以上もの「いいね」をもらったわけだ。
たった数時間の出来事で、僕一人分の「いいね」をもらったというのか。
僕はなんとか「あ、と、とりあえず、とりあえず風呂に入ってくるわ」と言うと、よろけながら風呂場へ向かった。

 

シャワーを浴びている僕は、劣等感の塊になっていた。
お風呂場の鏡で見た自分の頭上の数字が198と、朝より下がったこともその要因だ。
でも、そんなことよりも。
そんなことよりも、恐れていたことが起こった。
もちろん、彼女の頭上の数字のことだ。
彼女を褒めたのは男だけとは限らない。
限らないけれど、男だろ。
大多数が男だろ。
そうは思うけれど、僕の醜い嫉妬心もあの圧倒的な数字に対して、焼く餅を持ち合わせていなかった。
ただ、ただ、自分が恥ずかしくなるばかりで、「やはり彼女と僕では釣り合わない」という思いが身体中を巡った。
いくらシャワーを浴びてもその思いは流れていってくれなかった。

 

お風呂から出て、リビングに行くと、テーブルの上におつまみが用意されていて、台所から彼女が出てくる。
「シャワー、長くない!?」と笑うその手には缶ビールを持っている。
席についた彼女は僕のグラスと彼女のグラスにビールを注ぐ。
僕も席に着く。
「とりあえず、おつかれぃ!」となんだかよくわからないテンションで乾杯を迫る彼女の笑顔はやはり、僕なんかには勿体ないくらい可愛い。
チャリーン。
彼女の頭上の数字が増える。
また、僕と彼女の差が開いた。
僕はバレない程度の少し歪んだ笑顔で「乾杯」と言うと、味のしないビールを喉の奥へと流し込んだ。

 

 

つづく

『頭上のライク』-11-
2014.7.27


シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~

頭上のライク 11
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