『ノリたい!!』

 

9 若造

21時45分。
僕は電気の消えた教習所の前に立っていた。
昼間に出会った好青年に言われた通り、来てみたわけだ。
でも、人の気配がない。
正面玄関前には学校の校門のように柵が引かれていて、入り口の自動ドアまでも辿り着けない。
ハッとして、それから、ドキリと胸が痛む。
変な汗も出てくる。
騙されたのだろうか。
そう思ったからだ。
でも、あんなに爽やかな人がこんなくだらない嘘なんてつくだろうか。
僕が終業した教習所に来たって、彼にとっては一つの笑いにもならないだろう。
とりあえず、施設の周りを少し見て回った。
やはり人の気配は無い。
腕時計を見る。
社会人になりたての頃に奮発して買った時計だ。
バンドがくたびれている。
そのくたびれたバンドを見て思い出す。
僕の人生は冴えない。
21時57分。
ここから何かしらの展開がある訳がないのだ。
帰るか。
ダウンジャケットのポケットに冷えた手を入れて歩き出そうとした。
その時だ。
「どこ行くの、こっちだよ」と背後から声がした。
振り返ると、昼間の好青年が立っていた。
「あ、」としか言えなかった僕のことを置いて、彼は正面入り口の脇にある小さいドアを開けて入っていった。
僕も慌ててあとに続く。
中腰になって、くぐるように入るそのドアは従業員入り口とも言えない代物で、小さな倉庫に備え付けてあるような簡易的なものだった。
スチール製のそのドアを後ろ手にパタリと閉める。
天井の高い廊下に出た。
曲げていた腰を起こす。
白いライトが眩しい。
白い壁がライトの光を反射して、更に眩しく感じる。
2人分ほどの幅しかないその廊下に、刑務所のような印象を持った。
奥行きはそんなになく、左右にいくつかのドアが見える。
なんだか、不安になる。
先を行った好青年は、受付らしきところで、話をしている。
受付と言っても、小さな机とパイプ椅子が用意されていて、そこに廊下の半分を塞ぎながら人が座っているという具合だ。
「おいでよ」
好青年が後ろを振り返り僕に手招きをする。
また、「あ、」としか言えず、招かれるまま彼のところに向かった。
受付に座る男はスキンヘッドの中肉で怖かった。
キッチリとスーツを着ている。
これは、ヤバい事に巻き込まれているのではなかろうか。
いよいよ、僕の冴えない人生も終わるのか。
冴えなくてもいいから続けたかった。
例え、どんなに冴えなくても…。
などと思っていると、男が「どちらの免許の教習をご希望ですか?」と、とても丁寧な口調で聞いてきた。
免許?
一体、自分が何を聞かれたのか分からず、またしても「あ、」としか言えなかった。
「彼は、調子免許を取得したいらしいです」と隣に立つ好青年が言った。
僕はそのやりとりをよく理解できなかった。
調子免許を取りたいのは確かだけど。
「調子ね、じゃあ、6号室で待機して」
受付の男が僕に言った。
僕が理解できずにぼーっと立っていると、好青年が「行くよ」と言って、僕の肩を優しく叩いた。
彼に促されるまま廊下を歩き出す。
「ここだよ。調子免許が取れるのは」
何も聞かなかったのに、僕の様子を悟ってか、彼が話す。
「君、欲しがってたろ」
「え?」
「だから、ここで調子免許の教習が受けられるのさ」
彼は、少し笑いながら言う。
嫌味の無い笑いだった。
それにしても、ここで調子免許が取れるのか。
…マジで?
状況が掴めてきて、喜びが少しずつ込み上げてくる。
「もちろん、それなりの回数の教習を受けなきゃならないけどね。じゃ、僕はこの部屋だから。またね」
彼はそう言って、4号室と書かれたプレートが貼ってあるドアを開けて入っていった。
僕は廊下をそのまま進んで、6号室の前に立つ。
これで、いよいよ調子免許を取ることができるのか。
やった。
やったぞ!
グッドバイ、冴えない我が人生!
心の中でそう叫びながらドアノブを回した。

 

つづく

『ノリたい!!』-9-


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test003

ノリたい!! 9
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