『ノリたい!!』
12 若造
無機質な部屋で待っていると、後ろでドアが開いた音がして誰かが入ってきた。
席についていた僕の前に健康的に日焼けをした男が現れた。
「はい、こんにちはー!」
男は元気のある声で挨拶した。
口元から見えた歯がえらく白い。
「どーだい!?元気かーい!?天真爛漫かーい!?ハッハッハー!」
すごい勢いで話しかけてくる。
僕は「はぁ」としか言えなかった。
「素晴らしい!ところで、君は初めての教習だったね?」
「はい」
「じゃあ、これに名前とか諸々の記入をよろしくね!教習簿だから」
「あ、はい」
僕は渡されたペンで紙に記入をした。
「ところでさ、君はさぁ、何で調子に乗りたいんだい!?」
「じ、人生を変えたいと思って…」
「へー。いいじゃん!いいよ、それ!大事!大事だよ、その気持ち!」
「あ、ありがとうございます」
なんだかよく分からないけれど、お礼を言ってしまった。
「さ、早く書いちゃって!」
お前が話しかけてきたから、ペンが止まったんだろ!と柄にもなくイライラしてしまった。
「ちなみにさ、君、調子には乗ったことあるの!?」
「い、いえ、ないです」
「うん!いいよ!乗ったことないくらいが丁度いい!」
「あ、そ、そうなんですね」
「そうだよ!だから、とりあえず、それサクッと書いてもらって、サクッと始めようよ!」
だから、お前が!と思ったけれど、何も言わず記入をした。
乱暴に書き殴って教習簿を手渡した。
「はい、サンキュー!」
男は白い歯を見せて笑った。
「もう、分かってると思うけれど、僕が教官だからよろしくぅ!」
そう言って、男は僕に右手を差し出した。
握手だ。
僕も右手を出す。
手を握ると男が「うーい!」と言って大きく手を振った。
なんだこいつは。
疲れた。
すでに疲れた。
もう、心は帰りたくなっていた。
手を離すと、男は急に真面目な口調で言った。
「ところで、あなた、さっき僕にイライラしましたでしょう?」
さっきまでの笑顔はなくて、目が真剣だった。
僕はビビった。
もしかして、イライラしていたのがバレて怒らせてしまったのだろうか。
そう思った瞬間、心臓が大きく打ち、脂汗が出てきた。
「どうなんですか?イライしましたでしょう?」
男は目を逸らさない。
ここで嘘をついたら殴られそうだ。
それくらいの真剣味を帯びている。
僕は「はい」と言ったが喉がカラカラで上手く声が出なかった。
「え?よく聞こえませんでした。もう一度いいですか?」
僕はもう泣きたくなっていた。
一度、咳払いをして「はい!」と言った。
それが自分が思っていた以上に大きな声でビックリした。
「そうでしょう。その気持ちを忘れないで下さい」
男は笑顔になってそう言った。
「いいですか?ちょっと、大事な話をしますね。これからあなたは、調子に乗るための免許を取得します。しかしながら、調子に乗るということは楽しい反面、とても危険なことでもあります。調子は上手に乗りこなさないと、先ほどの僕のように相手をイラつかせる事になり、それは、あなたの人生を狂わせるような大事故にもなりえます。これから、実際に調子に乗ってもらいますが、先ほど、あなたが味わった気持ちを忘れずに上手に調子に乗れるようになりましょう。調子に乗るということは、相手があってこそですから。もちろん、上手く乗りこなせば、調子に乗ることは非常に楽しいことです。今日は初めての教習ですので、まずは、一番大切な事をお話しさせて頂きました。分かって頂けましたか?」
とても優しい笑顔だった。
僕は無意識に口を動かして「はい、…教官」と言っていた。
僕は調子に乗るということを甘く考えていたのかもしれない。
確かに、簡単に人生を変えられる訳がない。
それ相応のリスクが付いてくるに決まってる。
頑張ろう。
僕は、そう思った。
僕が教官に「よろしくお願いします」と言うと、教官はうるさいくらいのスマイルと真っ白な歯を見せて言った。
「よっしゃ!調子に乗るのに座学なんて必要ナッシング!早速行こうじゃないか!天真爛漫ライドオーン!!!」
僕の心は何年か振りにウキウキしていた。
つづく
『ノリたい!!』-12-
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