あるアパートでの一件

 

13

102号室の住人

引っ越してきた彼女が、引っ越し蕎麦を振る舞いたいということで、図々しく彼女の家に上がっていた。
だって、美女の部屋に上がれるなんてまたとないチャンスだもの。
荷物はほとんど片付いていたが、家具の少ない殺風景な部屋から、彼女の持ち物が少ないことを悟った。
なんだか、根拠の無い憂いを感じて、勝手に、彼女のあまり幸せではない過去を想像してしまう。
ひとしきり、想像上の彼女の過去に想いを馳せた後、今度、コーラを1ダース分プレゼントしようと心に決めた。

 

荷物が少ないのに、部屋は狭く感じた。
俺がデブだからという理由だけではない。
なぜなら、俺の家の隣に住む友と、警官二人もこの部屋に上がり込んでいたからだ。
話を戻すと、こういうことになる。

 

「何でヘリ使ってないんだ?」と、友に聞かれたあと、俺たちの会話の間に入ってきたのが、引っ越してきたばかりの彼女だった。
「こんにちは。」
そして、そんなときに彼女は言うのだった。
「全員分あるか分からないけど、とりあえず、食べる?引っ越し蕎麦。」
その声に元気よく挨拶したのは、一番関係の無い警官二人だった。
「頂くに決まってるであろう!」と上司っぽい警官が言う。
「腹が減っては捜査はできぬ!」と部下っぽいヤツがしゃしゃりでる。
一体なんなんだこいつら。
「ええ。どうぞ。」
無礼な警官どもに、彼女は優しく笑いかけて言った。
なんと素敵すぎる人なんだ!
やはり、痩せて格好良くなって、彼女に告白しよう!
ふと、視線を目の前の友に移す。
口を半開きにして、ボーッと彼女を見ていた。
は!
こいつも惚れたな。
しかし、こいつが好きなのは、バイト先の後輩なはず。
一瞬の気の迷いだろう。

 

蕎麦が出来上がると、一人一人に配膳された。
下心丸出しで、運ぶのを手伝うと申し出たが、これまた素敵な笑顔で「お客様だもの。座ってて。」と言われたので、大人しく席についていた。

「さぁ、食べて!美味しいかどうか、保証はできないけど。」
配膳が完了して、彼女は俺たちに言った。
しかし、俺たちは目の前の蕎麦を見て、動きを止めていた。
不味そうとかそういうことではなくて、量の配分がおかしかった。
俺の蕎麦はこの上なく山盛りだが、他の3人の蕎麦は、極端に少なかった。
特に、部下っぽい警官のは、一口ほどしか盛られていなかった。
「こ、これは‥‥。」友が言う。
「なんという、贔屓だ。」上司っぽい警官が言う。
「これでは、捜査ができぬ。」部下っぽい警官が言う。
それを無視して彼女は俺に向かって言う。
「いっぱい食べてね!あなたには、お代わりも用意してあるから。」
なんと言うことだ。
痩せようと決意した矢先にこれだ。
「そ、その余裕があるなら、俺のをもっと増やしてくれ!」
部下っぽい警官が言った。
「なんで?あなたに、そんな資格ないわ。欲しかったらチャーミングなおデブちゃんになって、出直してくることね。」彼女はそう言ったあと、いつものごとく微笑んだ。
チャーミングとは、俺のことか?初めて言われた。
「な、なにを!逮捕す‥‥」
そこまで言ったとき、上司の警官に頭を叩かれる部下。
「頂けるだけありがたく思うのだ。」
「し、しかし!」
反論しようとする部下を、上司はまた叩いた。
「さぁ、伸びるとまずくなるから、食べて!」
彼女のその言葉を合図に俺たちは、蕎麦を吸った。

 

食べてる間、美しい彼女が美しい微笑みを携えて、ずっと俺を見ていたのは勘違いではない。
こ、これはまさかもう、両想いってやつか?

 

 

「あるアパートでの一件」-13-
2013.7.22


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あるアパートでの一件 13