あるアパートでの一件
17
201号室の住人
まさに、ベッドの上で起きた革命だった。
管理人はベッドから脱出し、再びベッドの上で、私による天誅を浴びた。
それを合図に、家のドアが開け放たれ、警官共が「今、白羽取りを使ったヤツは、どこの忍だ!!」と叫び散らした。
思わず、ため息が漏れる。
騒がしいだけじゃ飽きたらない警官が、部屋に土足で上がろうとしたからだ。
イラついたから、手に持ってた傘を全力で投げつける。
それからとても良い笑顔で「靴、脱いでね。」と言ってあげた。
警官二人は「あ、あい、す、すいません。」と消え入るような声で言った。
警官が家に入ると、そのあとからぞろぞろと、アパートの住人が入ってきた。
見たこと無い女もどさくさに紛れて入ってきた。
なんだか、自分の美貌を鼻に掛けていそうな、いけ好かない女だ。
警官は、最初の勢いはどこへやら、手持ち無沙汰に立っているだけだった。
チラチラと私の様子を伺っている。
後輩と目を合わせる。
彼女も私も頷いた。
「その人!その人が覗きをしてた人なんです!」
後輩が、男を指差して、懸命に訴えた。
「覗き?」
若い方の警官が首を捻ってる。
何も状況が理解できていないようだった。
だから、手伝ってあげた。
後輩から聞いていた「忍」の話を思い出したから、ちょっとしたアレンジを加えて警官二人に言った。
「そうよ。その人、覗き見の術を使って、この子の部屋を覗いていたの。つまり、忍者よ。」
「なに!?忍だと!!?」
「この野郎!俺たちをここに呼び寄せたのも、計画のうちか!!」
警官のテンションが急にあがった。
「な、なに、言ってんだい?僕が忍者なわけないだろ?本当の忍者はそいつだって、ここに来る前に言っただろ?」
男は管理人を指差した。
傘で叩かれて、意識が朦朧としていそうな管理人は、小さい声で否定した。
「‥‥違う。俺は違う。ただ‥コオロギを駆除してただけだ。」
「ちきしょーめ!!どっちが本物の忍だ!!」
警官がヤキモキする。
「コオロギ?そういえば、あなた、さっき虫籠運んでなかった?」
いけ好かない女が妖艶な声で絡み付くように言った。
相手は一階のデブだ。
デブは「あ、あぁ、運んだ。友の部屋からな。」
なんとなく言いにくそうだった。
「友とは誰だ!?」
下っ端ぽい警官がデブに迫る。
「その、103号室に住む、彼です。」
男に方を指す。
「ちょっ、ちょっと待て‥‥」
「きっさまぁ!!虫を操り、他人に罪を着せようとするとは!」
上司っぽい警官が唸る。
「許さんぞ!!俺たちも、騙しやがって!!御用だ!!!」
下っ端警官が動く。
「まぁ、待ってくれよ。僕はただ、その子が好きなだけだ。それの何が悪い?コオロギの件は知らん。あ、きっとコオロギも彼女の事が好きになったんだろ。飼い主の僕の気持ちが移って。」
男は後輩の事を見て、そう言った。
同級生とは思いたくないくらい、アホな男だ。
そう思っていると、後輩が彼に歩みより、ひっぱたいた。
そして、涙ぐみながら言った。
「そんなこと!! …もっと、もっと早く言ってくれれば…私だって。」
知らなかった。
この子もアホだった。
「ちきしょー!!」
後輩に半ば振られた彼は、走って、部屋を飛び出した。
それを、警官が追いかける。
「この期に及んで、雲隠れの術か!!敵に不足なし!!」などと叫びながら、追った行った。
雲隠れとは違う気がするが、アホだから仕方ない。
これで、アホがほとんど居なくなったわけだけど、なんとも言えないイライラが収まらなかったから、熊の形をしたグミを管理人に投げつけようとしたら、姿が無かった。
代わりに、ベッドに面したベランダの窓が開いていて、カーテンが風に揺れていた。
「あるアパートでの一件」-17-
2013.7.22