あるアパートでの一件

 

19

102号室の住人

テーブルの上に散らかってる、熊の形をしたグミをひっそりと摘まんで食べた。
先程、我慢などせず、蕎麦をお代わりすれば良かった。
今さら、腹が減ってきた。

201号室に残されたのは俺を含めた4人だった。
みんな、なんとなく言葉をなくしていた。
かと言ってこのまま、「お邪魔しました。」と帰るのもなんか違う。
その状況をパキリと割ったのが、引っ越してきた彼女である。
「こんなときになんだけど、私、今日から101号室に越してきたの。よろしくね。」などと自己紹介を始めた。
「そうなの。よろしく。」
この部屋に住む怖い女が言う。
「よろしくお願いします。」
203号室の可愛らしい女が言う。
「ところで、これからお蕎麦でも食べない?引っ越し蕎麦が沢山あるのよ。」
その誘いに二人は乗らなかった。
「あんたは来るわよね?」
行きたい!!
けど、ダメだ!!
ここで行ってしまえば、ダイエットの決意が崩れてしまう!!
俺は、何としてでも痩せて、スマートイケメンになって、あなたに告白したいんだ!!
「い、いや、もうお腹は一杯かな。」
「本当?あれじゃあ、足りなかったでしょ?」
うっ。
なぜ分かった!?
なぜ分かってしまうんだ!?
食べたい。
確かに食べたい。
蕎麦を食べたい。
…ッダメだ!!!!
「毎晩、不健康の神様コーラに『ラーメン』と祈っていたあの頃に戻りたいのか!?」
俺の中の熱いヤツが問いかけてくる。
いつにもまして熱い。
もはや暑苦しい。
暑苦しい故に汗が出てきた。
その汗について、「それはただお前が太っているからだ!!」と俺の中の熱いヤツがバッサリと切った。
分かった!!
分かったよ!!
答えは、NOだ!!
そう、俺は痩せるんだ!!
「ごめん、本当にお腹すいてないんだよね。」
「じゃあ、その手は何?」
俺は、彼女の目線をたどり、自分の右手を見た。
思わず、目を見開いた。
沢山の熊の形をしたグミを集めて、一握りにして、一つの巨大なグミにしていたのだ。
そして、俺の胃袋は、それが入ってくるのを待ち構えている。
俺は観念した。
食べたい。
俺は、食べたいんだ。
別に少しなら大丈夫さ。
だってほら、よく言うじゃないか。
「急なダイエットは体に悪いだけだと。」
その言葉に勇気をもらった俺は、答えていた。
「…そ、蕎麦、じゃなくて、わ、わさびだけでも頂きに行こうかなぁ。」

 

俺は、その後、彼女と付き合うことになるが、毎日殺されそうになるくらい食べさせられるのだった。
スマートイケメンなんて、夢のまた夢だったが、美女と付き合えたから、これも良し。

 

 

「あるアパートでの一件」-19-
2013.7.22


信州・安曇野産 生ワサビ 3本セット

あるアパートでの一件 19