夕空を見ていた。
半袖と短パン姿で、河川敷の土手に立っている。
川には背を向けて、町の向こうに沈んでいく太陽を眺める。
太陽の赤色を正面に見ているのに眩しくないのは、ここが住んだこともない町だからだろうか。
そこでふと、僕は気付く。
そうか。
いつも感じている左足の痺れも、今はないじゃないか。
説明はできないけれど、何かに合点がいった僕は少し、笑ったかもしれない。
いや、顔というよりも気持ちだけが笑っただけだろうか。
とにかく、そのまま、その町に存在することを続けることにした。
太陽の手前に見える、長い煙突が逆光の影響で真っ黒になっている。
そのせいか、町に突き刺さった巨大なポッキーに思えた。
でも、僕はポッキーが好きじゃないから、それに対して何とも思わなかった。
肌に当たる風は、少しだけ季節の変わり目を意識させる温度で、乾いていた。
心地が良い。
目線を少し上げて、空の、夕陽の赤と夜の黒が混ざる所を見た。
僕は、そこに生まれている群青色に、僕が求める全てを感じる。
心が持っていかれる。
そこから目が離せなくなって、そのまま全部、群青色に染まれば良いのにと思うけれど、そうなったら僕は群青色を好きではなくなるのだろう。
昼と夜の境にわずかに存在するから、その色が好きなんだね、きっと。
好きな人にだって話さないような事を考えて、自分を納得させた。
しばらく空を見ていたけれど、刻一刻と、群青色が黒に支配されていく。
太陽も町の先に隠れてしまい、残っているのは、余韻のような赤だけだ。
もう、サヨナラかね。
「最高の瞬間はいつだって短い」
誰かの受け売りを横流しするように、感情のない言葉を発する。
僕はその場を離れて歩くことにした。
とはいえ、町に足を踏み入れることはないだろう。
このまま土手を真っ直ぐと歩いてみよう、というだけのことだ。
歩き始めた僕の心は程よい感傷に支配されていて、両手を広げれば、空へ浮き上がれそうだ。
そのまま、あの群青を目指してぐんぐんと上昇するのも悪くない。
でも、もう降りられない高さになってから、気が付いてしまうんだろうね。
群青色なんて、最初からそこには無かったことに。
そして小説の一節のように声に出すのさ。
「始まる前から分かっていたけれど、僕は感傷だけに頼り切って、あるはずもない何かを追いかけていただけなのだ」
なんて、そうなるのは御免だから、両手を短パンのポケットに突っ込んで、背筋を丸めずに歩く。
周りがすっかり夜の気配に包まれて、なんだか「帰らなきゃ」という焦りが芽生えるけれど、どこへ向かえば帰れるんだろうか。
帰る場所がこの町にあるのだろうか。
住んだこともない、この町に。
僕は、住んでいるはずの家を思い出そうとしたけれど、先に頭に浮かんだのは、大切な人の顔。
そうだ、僕はその人達といなきゃならないないのさ。
その人のそばにいなくちゃいけない。
きっと、待っていてくれているだろから。
友達の顔も浮かんでくる。
そうだね。
そろそろ、アイツとも酒を飲まなきゃならない。
今度はどんな馬鹿をやろうか。
どうやって笑おうか。
仲の良い女の子の顔も浮かんでくる。
あの子は今、笑っているだろうか。
クソみたいな現実に潰れそうになっていないだろうか。
どうしようもない気持ちになって泣いてはいないだろうか。
本当の事なんてちっとも知らないし、知ろうともしないくせに、無責任な優しさを振り撒く僕はただの八方美人だという事を自負しているんだよ。
ここでもまた好きな人には言わない事を考えて、勝手に謝った。
「無責任でごめんな」
それを言葉にしたかどうかは、確かではない。
なぜなら、いつの間にか、耳が音楽に沈んでいて、自分の声なんて聞こえるはずもない状況になっていたからだ。
ちっとも踊れない音楽だ。
頭も振れない。
指パッチンでリズムを取る気にもならない。
せめてもの救いは、流れる言葉が理解できる言葉だということと、ギターが歪んでいる事だ。
そうでもなければ、僕は耳を引きちぎって、音楽を捨てていただろう。
これは僕が自分で選んだ音楽じゃない。
誰かから教えてもらった音楽だ。
誰かの感情に共感した音楽だ。
僕の感情に共感したものではない。
だがしかし、僕はその音楽の先に、この音楽を教えてくれた誰かを感じることが出来る。
それは妄想なんかではなく、確かに、その人の生きる世界がそこに広がっているような気がするほど、リアルだ。
先に待っている言葉や展開が分からない音楽に沈みながら、無心に歩いていたら、足に冷たさを覚えた。
僕はいつの間にか、土手を下り、草むらを突っ切り、川に入っていた。
膝の下あたりまで水の中だった。
汚い。
そう思った。
しかし、そこにもまた感傷は流れていて、僕はそれを追いかけてしまいそうになる。
綺麗とか汚いとか。
好きとか嫌いとか。
善意とか悪意とか。
恋だとか愛だとか。
未来とか過去とか。
どっちだって良い。
なんだって良いよ。
そこに感傷が潜むなら、僕はやはりそれらに手を伸ばすだろう。
それぞれの境に見られる群青色を見ていたい。
ただ空を見上げるように、無責任に、その空気を、温度を、湿度を、匂いを、音を、感じて身を委ねたいだけなんだ。
不意に、魚を焼く匂いがした。
晩飯か。
ビールが飲みたい。
あぁ。
そう思ってしまったら最後だ。
僕はもう、こんな住んだこともない町に用はない。
汚い川からもとっとと上がろう。
あの、星マークが描いてある缶ビールを飲まなくてはならない。
誰か教えてくれ。
今ここはどこで、それで、一番近いコンビニはどこだ。
kotoba-asobi
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