僕は君のことを全て知らない。
君も僕のことを全て知らない。
知ったところで、その先はまた知らない。
知られたところで、僕は嘘もつく。
どれだけ長く一緒にいたって、お互いが知らない感情を僕も君も抱いている。

自分の力で生きていなかった頃は、二人で過ごすことしか考えていなかった。
「あの頃は良かった」とざっくり思うけれど、今がそれと比べて悪いかというとそうではない。
何かを失ったわけでもない。
何かを無くしたわけでもない。
とはいえ、何か大きな物を手に入れたわけでもない。
変わったことと言えば、そこに営みが加わったことだろう。
それは特別な事でも何でもなくて、ほとんどの人間がそうやって生きているし、僕らもそうやって生きていく。
二人で生きていく。

二人で生きていくと、まるで、大半の人間が思い描く未来が約束されているように思えるが、そうじゃない。
約束なんてどこにもないし、ただ、日々を送っているように思えて、予測のつかない大きな渦の中にいる。
それは、自分の力で生きていなかった頃と同じくらいの頻度で、理不尽な事にも遭遇するし、笑えない夜がやってくる。
目の前に現れたり、生活に覆い被さるようにやってくるそれに対峙するのは、お互いの全てを知ることのない僕と君だけ。
そこでは、泣くことも笑うこともあるけれど、それを何度繰り返したところで、僕はやはり君の全てを知り得ないし、僕の全てが知られることもない。

なぜそうまでして僕らは二人で生きていくのだろうか。
そこに愛があるからだろうか。
愛とはなんだろうか。
目に見えない気持ち、感情。
説明のできないそれは、本当にそこにあるのだろうか。
考えると分からなくなる。
愛がある証明なんてできやしないし、愛が全てだなんて馬鹿げた事も言うつもりはない。
愛がなければ一緒にいないのか。

僕は今の段階で、愛という存在を確実に把握できているわけじゃない。
それでも、僕は君といたいと思う。
何か他の事や、チャンスや、人や、関係が犠牲になったとしても君といたいと思う。
これはもうほとんど、願いにも近くて、時には祈ってしまうようになるくらい、僕は君と、この先も生きたい。

その気持ちを「愛」と呼ぶんだ。

と誰かに言われても、僕はそれを分かることができない。
「愛」という言葉に、僕が抱えるこの気持ちが結びつかないからだ。
全てを知ることのできない人と、それでも尚、一緒にいたいこの気持ちをなんと呼ぶのだろうか。
これが、この気持ちが、欲しくて欲しくてたまらない時に、なんて、叫べばいいのだろうか。
それが「愛している」でないことだけは分かっている。
僕はどんな言葉でそれを叫ぶだろうか。

考えて、ぬるいビールを飲んで、考えて、思い付く。
僕はそんな時、結局、単純に、君の名前を叫ぶのではないか。
僕が君の名前を呼ぶとき、そこには、君への想いが全て込められている。
うん。
きっとそうに違いない。
「愛してる」なんて言葉は、君の名前を一度呼ぶことよりも、安っぽくて、なんの力も持たないし、僕に何の感情も呼び起こさせない。

君の名前を呼ぶとき。
僕は確かに君のことを考える。
君の名前を呼ぶとき。
僕は確かに君の顔を思い浮かべる。
君の名前を呼ぶとき。
僕は確かに君との幸せを思う。
君の名前を呼ぶとき。
僕は確かに君との未来を見ている。

君の名前を呼ぶとき。
僕は確かに、君のことを全て知らないが、君のことを僕が好きだということを知っている。

だからこの先も、ぬるいビールを君がいる生活の中で飲んでいたい。
そして僕は「愛してる」なんて、誰が相手でも言えてしまうような言葉は使わない。

 

 

kotoba-asobi


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