Am、Em、B7、C#m。
ギターでそのコードが弾ければ曲なんかいくらでもできるらしい。
大学時代、バンドをしていたという会社の同期に教えてもらった。
彼はもうギターをやらない。
「あれは青すぎる青春が遺した、現実を貪る遺物に過ぎない。社会に出てすでに五年目に突入したからには、婚活に勤しむのが得策だ」
彼はそう言って、いらないアコースティックギターを僕に売りたがった。
特別にギターが欲しかったわけではないが、僕はその商談を飲んだ。
なんとなく趣味が欲しかったからかもしれない。
僕にはこれといった趣味がない。
アクティブに遊びに行くような行動力も、一緒に行く友達もいない。
そうかといって、読書や映画鑑賞なんかのインドアな趣味もない。
ギター。
悪くないかもしれない。
そう思った。
彼がギターを譲ってくれたのは、春の土曜日。
午後一時頃に僕が住む街の駅で待ち合わせをした。
僕が住む街には、彼の実家がある。
彼はすでに一人暮らしをしているが、会うときはいつもこっちまで来てくれる。
僕は五千円を支払い、彼はギターを譲ってくれた。
「本当は先輩マドンナと懇意にならなければならない。しかし焦ってはダメだ。まずは、味方から丸め込まなきゃならないんだよ。というわけで、今日は同期女子と飲みに行くけど来るかい?」
ギターの取引後に「ギターコード全集」を五百円でどうだ?とも言いながら、唐突に飲み会に誘ってきた。
僕は「ギターコード全集」を買う事は承諾したが飲み会は断った。
先輩マドンナと懇意になるために、入社してからの四年間と少々、彼はひたすら奔走しているが距離が縮まっているようには見えない。
そんな彼を見ていつも思う。
走る方向は本当にそっちなのだろうか。
◯
ギターの取引が終わると、ビールを三缶と弁当を買ってから家に向かった。
歩きながら、ビールを空けて飲んだ。
日中、適当な感じで街を歩きながら飲むビールは格別に美味い。
行儀が悪いからこその美味さもあるのだろうか。
もしくは、僕の趣味はビールを飲むことなのかもしれない。
そうだとしたら、なんて不健康で自慢の出来ない趣味なのだろうか。
たとえこれが趣味だとしても、僕はそれを認めずに「無趣味」であることにしようと思った。
それにしても、ギターが重い。
なんだって、こんなにでかくて硬いケースに入っているのだろうか。
額に汗が滲んだ。
ビールを片手に運ぶような物ではなかった。
家に着いて一段落すると、さっそく仰々しいケースからギターを取り出す。
一度も触ったことのないギターは、煙草臭かった。
確かに、彼は煙草を吸う。
そして僕は吸わない。
これがロックンロールの匂いなのだろうか。
僕は一先ずギターを構えてみた。
そして「ギターコード全集」を開く。
最初のページには、ギターの基本的な事が書いてある。
「チューニングがズレていると綺麗な音が鳴らないぞ!」
ポップな文字で書いてあるその文言を見て、僕は思い出す。
そう言えば、「チューナーも込みで5000円なんてお得すぎる!」と同期が喚いていた。
ギターのケースを確認すると、小物入れらしき場所があり、そこに液晶画面が付いた、テンキーのない電卓のような物が入っていた。
チューナーだ。
高校生の頃、クラスの目立つやつらが使っていたのを見た事がある。
見た事はあるが使い方は分からない。
とりあえず、赤くて大きめのスイッチが電源だろうからそれを押した。
液晶にメトロームのような針が現れて、左右に振れた。
針の下にAとかCとかアルファベットが代わる代わる表示された。
なるほど、これで音を合わせるわけか。
弦を一本ずつ鳴らして合わせていくのは知っているが、何の音に合わせるのか分からない。
「ギターコード全集」を見た。
各弦の基本音というものが書いてあった。
僕はそれに合わせてチューニングをすることに成功した。
チューニングを済ませたギターを弾いてみると、何もコードを押さえなくても雰囲気のある音が鳴ったから、何となくテンションが上がった。
その後は、見よう見まねでコードを弾いてみようとしたが上手くいかない。
詰まったような音が鳴るだけだ。
僕は少し飽きてきて、ギターを置いた。
指先も痛い。
テレビをつけて二本目のビールを飲む。
そのタイミングで弁当を食べることにした。
温めるのが面倒で、そのまま手をつけた。
弁当を食べながら観るテレビもたいして面白くなくて、「ギターコード全集」をパラパラとめくった。
各コードの押さえ方を示した表がたくさんある。
覚えたコードを使って演奏するための短い楽譜も載っている。
きちんとコードが弾けない僕にはまだ無縁のページだ。
一番最後のページまで捲るとメモ用紙が挟まっていた。
そこには、彼からのメッセージが書いてあった。
「よう、新入り。どうせ、きちんと弾けずにギターを置いたのち、パラパラとページを遊ばせたのだろう。分かる。分かるよその気持ち。しかし、ローマは一日にして成らずというだろう。ギターはまさにそれだよ。根気よく頑張りなさい。俺が欲する先輩マドンナと懇意になる道も同じさ。いつだって今日の積み重ね。お互い頑張ろうではないか!アーメン」
僕はメモ用紙を元のページに挟むと、本を閉じた。
◯
翌朝、日曜日。
僕は早めに起きた。
スーパー銭湯に開店時間から行くためだ。
一週間の疲れは、湯に浸かって癒すに限る。
これは僕の、仕事以外の唯一のルーティーンだ。
風呂は好きだけど長湯はしないから人が少ないうちに行って、さっさと帰るのが算段だ。
適当な格好をして、割引券とバスタオルをリュックに詰めると家を出た。
自転車を漕いで15分。
開店少し前に着くと、入口の自動ドアの前で年寄りが数名待っていた。
よく見る顔だ。
彼らは銭湯友達とでも言う間柄なのだろう。
何やら話し合っているが、耳にはめたイヤフォンのせいで何を話しているのかは分からない。
僕はケータイでニュースをチェックしながら開店時間を待った。
時間になって自動ドアが開くと、老人たちから順番に店内に入った。
彼らの歩みは遅いが追い越すわけにも行かず、詰まった歩幅で下駄箱へ行って靴をしまってから入館料を支払った。
脱衣所で服を脱いでいる間にも客が入ってくる。
日曜日は、油断しているとすぐに混雑する。
さっさと入ろう。
昨晩、風呂に入っているけど、しっかりと身体を洗ってから湯船に浸かった。
このスーパー銭湯は温泉を引いている。
僕はちょっと温めの温泉に入った。
タオルを頭に乗せて、足を思い切り伸ばした。
すぐには身体が熱に慣れなくて、完全なリラックスはできない。
気持ち良くなるまでもう少し時間が必要だ。
僕は、首まで浸かれる贅沢を味わいながら身体を湯に預けた。
こういう時、何も考えないようにしようと思うのだが、そうもいかない。
周りにいる人たちの事や、仕事の事なんかを考えてしまう。
人間の頭は、働きすぎる。
仕方がないので僕はもうすぐやってくるゴールデンウィークの予定を考えた。
何もない。
実家にでも帰ろうか。
いや、わざわざ混雑するゴールデンウィークに帰る必要もないだろう。
DVDでも借りて家に篭ろうか。
観たい映画、ドラマ、あったっけ?
ない。
そこまで考えて僕は、湯から上がった。
身体がだいぶ温まった。
露天風呂に入ろう。
この時期の露天は最高だ。
少し肌寒いくらいがちょうど良い。
みんな同じことを考えるのだろう。
露天風呂は人気で、先客が数人いた。
入れそうではあるが、もっとゆったりしたい。
迷っていると、露天風呂の先にある寝湯から一人出てきた。
僕は露天を諦めて、すかさずそちらへ向かった。
寝湯も人気だから、この隙に行かないと入れないだろう。
屋根のついた場所に、石畳が六区画に線引きされて分かれていて、六人が寝れるようになっている。
それぞれの区画にはステンレスの枕がある。
その根元からチョロチョロと湯が流れていて、石畳全体を濡らしていた。
僕はそのステンを、軽く流してから石畳に寝そべる。
あぁ、寝湯にして正解だったかもしれない。
これこそ、今の気候に最適な風呂だ。
お腹は湯に浸からないから、冷えないようにタオルで保護した。
目を閉じる。
このまま寝れる。
寝てしまおうか。
いや、でも、こういうところで寝れるほど図太くない。
とりあえず、この心地良さだけを味わうことにしよう。
目を閉じていると、色々な音が聴こえてくる。
耳元で流れる湯の音。
ジャバジャバと湯が足され続ける音。
おじちゃんたちの話し声。
「あー」という極楽ゆえの溜息。
置かれる桶の高い音。
薄く響く口笛。
口笛?
目を開ける。
音の方向は頭の上の壁だ。
その向こうは女湯のはずだ。
女性が風呂に入りながら口笛を吹くなんて珍しいように感じた。
僕はまた目を閉じて、口笛のメロディーを追いかけた。
知らない曲だ。
流行には詳しくないから、流行りの曲かもしれない。
でも、この時間に若い女性がスーパー銭湯にやってくるとは思えない。
もしかしたら、口笛を吹いているのはお婆さんで、古い曲なのかもしれない。
よく聴いてみると、どことなく和風調のメロディーだ。
僕はしばらく口笛に聴き入った。
ゆっくりだけれど、軽快なテンポだ。
そして、広い湯の中でゆっくり水を掻くような優雅さがある。
なんだろうか。
春の風の匂いや、秋の金木犀の匂いが心を動かす時の様なワクワクと切なさを兼ね備えた、そんなメロディーだ。
口笛は、時々、先を思い出すようにして流れが止まる。
そして、また無邪気にそのメロディーは始まる。
知らぬ間に、少しも聴き逃さないように集中していた。
そうしていると仕事のことなんかの余計なことを考えなくて済んだ。
途中で、同じフレーズばかりを繰り返していることに気付いた。
それを覚えて頭の中でハミングを始めたところで、口笛は静かに聴こえなくなった。
残念に思ったけれど、目を閉じたままでいた。
頭の中のメロディーはしばらく続いていたからだ。
◯
昼食は家で食べることにした。
スーパー銭湯には食事処もあるけれど、割り高だからいつも利用しない。
それに、銭湯を出たのは昼食をとるには早過ぎる時間だった。
とはいえ、家に帰ってから作るのも面倒だから帰りがけに牛丼屋で弁当を買った。
家に帰るとすぐに、冷蔵庫からビールを取り出して飲んだ。
美味い。
窓を開けて、外の空気を入れる。
毎年、春のこの時期に窓を開ける度に、花粉症ではないことをありがたく思う。
テレビを付けてザッピングしたあとで、ワイドショーを観ることにした。
どの番組もたいして面白くないけど、消してしまうのは寂しい。
芸能人の恋愛についてコメントする芸能人を観ながら、ビールを減らした。
テレビとビールだけでは手持ち無沙汰になって、何かする事がないか考えた。
洗濯と部屋の掃除は昨日のうちに済ませた。
天気が良いから布団でも干そうかと思い付いたけれど、面倒だ。
来週の土日が晴れたらやろう。
窓から入る春の陽気にビールがすすんだ。
少し、ボーッとしてきたな。
風呂に浸かって疲れが出たのかもしれない。
ちょっと早いけれど、弁当を食べることにした。
だらだらとビールを飲みながら弁当を食べていたら、テレビが正午を告げて番組が変わった。
そのタイミングで、ギターを譲ってくれた同期からメッセージが来た。
正午ぴったりとは気持ちが悪いと思いながら、内容を確認する。
「ギターの調子はどうだい?俺は昨夜、最高の夜を過ごしたよ」
彼の昨夜の情報なんかどうでもいい。
僕は一度ケータイを置き、まただらだらと弁当を食べた。
「二十分で飽きた」と弁当を空にした後で返えすと、すぐに返信があった。
「長く持った方だね!俺は初めてギターを持った時、五分で諦めた」
それには返信しないでいると矢継ぎ早に新しいメッセージが来た。
「物事には要点というものがある。それさえ押さえればある程度出来るものさ。例えば、Am、Em、B7、C#mこの四つのコードを覚えてしまえば、曲なんかいくらでも弾けるさ。騙されたと思ってやってみな。特にEmは簡単だからすぐにできてしまうよ。このまま簡単にギター弾けちゃうんじゃない?って思ってしまうよ。レディゴー」
僕は返信せずに、壁に立て掛けてあるギターを取ると「ギターコード全集」を見てEmを弾いてみた。
指を二本しか使わない。
確かに簡単だ。
弾いてみると、鳴った。
なんとも悲しい音だった。
他のコードも弾いてみる。
B7とC#mは指が痛くて弾けなかった。
Amも使う指は三本だから、なんとなく鳴った。
でも、やはり悲しい音だ。
もしかして「m」がつくコードは悲しい音なのかもしれない。
「7」も同じなのだろうか。
どちらにしろ、これでは、曲を弾けたとしても悲しい曲だ。
僕はピックを置いてケータイを取るとメッセージを打った。
「悲しい音ばかりじゃん。弾けても楽しくないだろ」
あたかも全てのコードを鳴らしたかのような言いようだけど、気にしない。
返信はすぐに来る。
「分かってないとは思っていたけど、やはり分かってないな。悲しい音こそが、俺たちが生きる世界を存分に表現できるんだよ」
なんだそれは。僕に格好付けてどうするんだ。
僕は、返信をせずに昼寝をすることにした。
同期も追撃を打ってこなかった。
◯
目が覚めると窓の外は暗かった。
ケータイで時間を確認してから、のそりと起き上がってカーテンを閉めた。
風呂とビールと牛丼のせいで、ぐっすり眠ってしまった。
19時を過ぎていた。
夜寝る分を寝てしまったようなもんなだ。
僕はあくびをしながら、洗面所に向かって歯を磨いた。
食べてそのまま寝てしまったから口の中が気持ち悪かった。
歯ブラシを動かしながら、これからどうしようかと考えた。
お腹は空いていない。
予定もない。
このまま寝るべきだろうか。
寝ようと思えば寝れるが、意外と頭はすっきりとしている。
散歩でもしようか。
でも、余計なお金を使ってしまう気配しかしないな。
口の中の泡を吐き出して、水で漱ぐ。
コップをコツンと置いたとき、思い至った。
こういう時のためのギターだ。
僕は冷蔵庫からビールを取り出して、 ギターの元へ向かった。
何か弾きたい曲があるわけでもないから、同期に言われたコードをゆっくりと練習した。
ビールを飲みながらゆっくりと。
気付けば三百五十ミリのビールを四本も空けていて、日付けを跨いでいた事に驚いた。
指の先と親指の付け根の筋肉が痛くなっていたけど、音が鳴るようになっていくのは楽しかった。
それぞれのコードを何となく鳴らせるようになっていた。
覚えたてのコードを適当な順番でゆっくりと繰り返し弾いた。
そして僕はハッとした。
僕は鼻歌であのメロディーを再現しながらギターのコードを弾いた。
ゆっくりと。
何度も。
何度も。
同期に教えてもらった四つのコードは、銭湯で聴いた口笛のメロディーによく合った。
◯
翌日、月曜日。
週初めのその日は、気温が高くて穏やかな風が吹いていた。
その向こうに夏を感じさせる陽気だった。
ビールが飲みたくなる、気持ちの良い日だ。
僕は会社のすぐ近くにあるカフェのテラスで昼食をとることにした。
テラスと言っても、歩道に面して三つのテーブルが並んで、それぞれ椅子が二つ並ぶだけの簡単なものだ。
歩道とテラスの間には柵が設けられていなくて、足を伸ばし過ぎると歩行者に迷惑が掛かる。
足と歩道の距離感に注意を払いながら、先に持ってきてもらうように頼んだホットコーヒーを飲んで、スパゲッティが出来上がるのを待っていた。
歩道の向こう側の、片側一車線の道路は通行量が少ないから静かだ。
道路の両脇には銀杏が植えられていていて、生い茂っている。
風に緑の葉が揺れる。
穏やかだ。
僕は口笛を吹いた。
あの、銭湯で聴いたメロディー。
ノッてきたところで「陽気だね」と声を掛けられた。
すぐに口笛をやめて声の方を見ると、ギターを譲ってくれた同期だった。
「こんなところでランチなんて、優雅じゃないか。その優雅さに免じて僕も混ざろう」
彼は「すみません」と笑顔で店員を呼んでアイスミルクティーとカレーライスを頼んだ。
そのまま僕と同じテーブルに着く。
「ギターの調子はどうだい?」
「まぁまぁだね」
「コードは弾けるようになったか?」
「とりあえず、は、ね」
「そりゃ良い。何か曲にはチャレンジしたか?」
「いや、」
そこまで言いかけて僕は、聞いてみようと思った。
「なぁ、さっきの口笛のメロディー知ってる?」
「あ、どんなんだっけ?もう一回吹いてくれよ」
その時、僕のスパゲッティが運ばれてきた。
「また今度な」
僕はそう言ってフォークを手にすると、同期のカレーライスは待たずに、スパゲッティを巻き付けた。
◯
家に帰ってビールを飲みながらギターを弾く事が日課になった。
そう言えたら格好良かった。
梅雨を前にして、僕はもうギターを弾かなくなっていた。
たいして面白くないからだ。
同期が教えてくれたコードが弾けたところで、いくらでも曲が弾ける訳ではない事も分かった。
あれはただ、同期が好きなコードだった。
「ギターコード大全集」を読み進め、メジャーコードとマイナーコードというものを知った僕は、「メジャーコードが好きだ」と公言した。
それを聞いた同期は、両の眉を下げながら言った。
「あの音色の奥深さ、いや、奥ゆかしさが分からないとは、君もまだまだ坊やだね」
その日から僕は、マイナーコードと一切の関係を絶った。
とはいえ、他のコードを覚えて何かの曲を練習するのも面倒だ。
指が痛い。
手が痛い。
ビールを飲んでいる方が簡単だ。
結局のところ、ギターとの関係も絶つこととなった。
僕はやはり無趣味の生活から抜け出せない。
もちろん、ビールが趣味ではない事が前提だ。
でも、一度だけ、あの夜はギターを好きになった。
一生の趣味にしようとさえ思った。
同期に教えてもらった四つのコードと、スーパー銭湯で聴いた口笛のメロディーが合ったと思った時だ。
あれは、どうやらチューニングがずれていたせいらしい。
後日、同じように弾いてみたら、うまく音が合わなかった。
確かに、あの夜は長い時間弾いていたし、酒にも酔っていた。
ビールを取りに行ったりトイレに行ったりする度にギターを置いたから、その時にちょっとずつ音がズレていたんだろう。
それを知った僕は、急にギターを弾く気を無くしてしまった。
ただ、あの口笛のメロディーは忘れることが出来ずに、僕の日常に溶け込んだ。
考え事をしている瞬間やふとした時にあのメロディーが僕の中に流れ出す。
帰り道なんかもそうだ。
人の気配がない時、思わず口笛を吹いてしまう事もある。
うしろから誰かに追い越される時、慌てて吹くのを止めることがあるくらいだ。
そして布団に就いて眠る時、たまに思う。
一体、どんな人があの口笛を吹いたのだろうか。
毎週末にスーパー銭湯へ通うルーティーンは、もちろん続けていたけれど口笛に出会うことはなかった。
でも、僕の淡い期待は無くならず、むしろ銭湯に行くたびにそれは膨らんだ。
そして、どの風呂にも目もくれず、寝湯にばかり入るようになった。
今日も、浅い湯に寝転がりながら、あの口笛のメロディーを思い出す。
ゆっくりと目を閉じて。
ゆっくりと思い出す。
周りの音とメロディーが混ざる。
耳元で流れる湯の音。
ジャバジャバと湯が足され続ける音。
おじちゃんたちの話し声。
「あー」という極楽ゆえの溜息。
置かれる桶の高い音。
隣の女湯から口笛が聴こえてくる気配は、ない。
僕はふと思い立つ。
ギター、誰かに売ってしまおうか。
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っていう、夢を見てたんだよね。
お前とのレース中に昼寝した時。
え、どんな夢ですかそれ。
うさぎのくせに妙にリアルな人間模様ですね。
多分ね、平行世界では、俺、人間だわ。
じゃなきゃ、あんなに感情と感覚がはっきりした夢なんて見ねーもん。
もう一人の俺の現実なんだよ、あれは。
そんな話、聞いたことありませんよ。
うさぎさんはただ、ワタシのノロさに油断したうさぎさんですよ。
聞き捨てならねーな!
だけどな、今でもはっきりとあの口笛のメロディーは覚えてんだよ!
♫〜♫〜♫〜♩〜
♫〜♫〜♩〜
♫〜♫〜♫〜♫〜♫〜♩〜
え、お前なんで、そのメロディー知ってんだよ!
ふっ。
その口笛、ワタシがレース中にずっと吹いていた「うさぎとかめ」という曲だもの。
なんだと!
美しい女性が吹く口笛じゃなくて亀野郎の口笛だって!?
ふざけるな!
時間を忘れてギター弾いた時間返せ!
お前、この世界だけじゃなく、あっちの世界(平行世界)でも叩きのめしてやるからな!
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という流れで起こった事件が、浦島太郎の話です。
その平行世界でうさぎは優しい人間として生きてたために、亀を助けて流宮城に連れて行かれ、玉手箱ゲットからの老人になってしまうのでした。
めでたし。
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