マリー
18
いよいよ、夏が近づいている。
ブサイくんはマリーを撫でている。
テーブルの上に置いたマリーを左手の人差し指で優しく撫でている。
そこはファミリーレストランで、ブサイくんの正面にはカワイちゃんが座っている。
時刻はまだ16時くらいだ。
二人はノートや教科書を広げて、もうすぐやってくる試験の勉強をしていた。
二人が付き合いだしてから、まだ一週間も経っていない、そんなある日のことだ。
ブサイくんは勉強に集中できていない。
マリーに首ったけだからだ。
カワイちゃんも勉強に集中できていない。
ブサイくんをチラチラ見ているからだ。
だから、ノートに書いていた英語のスペルを書き間違えた。
「あ、間違った」
カワイちゃんはチロリと舌でも出しそうな勢いで、可愛らしくそう言った。
それを、ブサイくんは聞いていない。
ますますマリーを撫でている。
「あれ?」
カワイちゃんが言った。
「おかしいなぁ」
ブサイくんはそれも聞いてない。
使っていないから、まだ角のあるマリーを撫でている。
「ないやぁ。ねぇ、ブサイくん、」
カワイちゃんはブサイくんに呼び掛けた。
もちろんブサイくんは聞いてない。
「ねぇ~。ブサイくん。‥‥ブサイくん?」
そこでやっと気付いたブサイくん。
マリーとの二人の時間を邪魔されて舌打ちをしそうになる。
「何?」
「あのさぁ、消しゴム忘れちゃったみたいなんだよね。貸してくれない?それ」
そう言ってカワイちゃんが指差したのは、マリー。
さて、ここからはカワイちゃん目線で話を進めるとしよう。
私は言ったの。
本当に些細な一言よ。
ただ、「消しゴム貸して」って。
それだけよ?
友達同士だって言うでしょ?
そのくらい。
私たちは付き合ってるのよ?
それなのに「消しゴム貸して」って言っただけなのに…。
…あ、なんか、泣きそう。
彼ったら、あからさまに「あぁ!?てめぇ、今、なんつった!?」っていうような顔で見てきたの。
信じられる!?
私もう、なんか、すごい怖くなっちゃって、お店を飛び出したわ。
そしたら、彼もお店を出て追いかけて来たの。
それで、あっという間に追い付かれちゃって。
彼は言ったの。
「カワイちゃん!ごめん!違うんだ!」
「違うって何が!?」
「その、あれは、あれだけはダメなんだ!それ以外の消しゴムなら貸すけれど、あの、あの消しゴムだけはダメなんだ!!」
とても真剣に彼はそう言ったの。
そんなに真剣な彼の顔を見たのは初めてだったから、私、許すことにしたの。
誰にだって、触れられたくないものくらいあるもの。
と、いうわけだそうです。
ここで問題なのは、この日を境にカワイちゃんが、そこまでブサイくんに大事にされるマリーに興味を持ってしまうということなんです。
「マリー」-18-
2013.6.25