「マリー」

 

23

ブサイくんが教室に着くと、カワイちゃんはいなかった。
その代わりに、ブサイくんの机の上には紙のカバーを剥がされて丸裸のマリーと、マリーへの気持ちを綴ったノートだけがあった。
そして、その机の下にはMOMOと書かれた紙の消しゴムカバーが転がっていた。
カワイちゃんへの怒りよりも、「マリーがそこにいる」という事実の方がブサイくんを満たしていた。
ブサイくんは、マリーに優しく触れると、すぐに紙のカバーを拾って被せてやった。

あぁ、マリーが戻ってきた。
また、一緒に居られる。
明日の朝は、目覚めたら横にいるんだね?
悲しい朝はもうやってこないんだね?
僕は君が側にいるだけで胸が一杯だから、朝御飯は君だけ食べれば良い。
学校なんかサボるから、日中は出掛けよう。
そうだな、ゲームセンターにでも行こうか。
僕はあまりゲームが上手じゃないけれど、マリーとやれば楽しめそうだ。
夕方にはきっとお腹が空くから、すこしだけ高級なファミレスに行こうか。
なけなしのお小遣いだけど、その日は僕が出すよ。
だって、マリー、君が戻ってきたんだから!
お祝いをしなくちゃ!
ねぇ、マリー。
そのまま星空でも見に行こう。
君は空を見上げるのが好きだろう?
それから家に帰って、ゆっくり眠るんだよ。
もう、君がいない寂しさを握りしめながら眠らなくて済むんだ。
代わりに、君がいる幸せを抱え込んで眠るよ。
ねぇ、マリー。
僕はそれでもう満足だ。
ねぇ、マリー。
君は一体、どうしたい?

 

カワイちゃんとブサイくんは、別れた。
別れたというか、自然消滅だ。
カワイちゃんは、ブサイくんとマリーのことを誰にも言わなかった。
きっと、深く考えるべきではないのだろうけど、消しゴムに負けたのが悔しかったのだ。
恋はここでも無慈悲だったと言うわけだ。

そして、テストの時期がやってきて、その頃にはキレイさんとイケメくんが付き合っていた。
カワイちゃんは素直にそれを喜んだ。
そのことで、恋が無慈悲なだけではないということも分かった。
しかし、ブサイくんに対しては、やはり、恋は無慈悲なのであった。

 

それは、テスト中だった。
梅雨が明けきらない時期のテストは、嫌なものである。
ブサイくんも、やる気がしないので、机の上に置いたマリーを眺めていた。
眺めているだけじゃ我慢できず、触れた。
そして、触れているだけじゃ飽きたらず、愛の言葉を書いた。
テスト用紙に書いた。
それはもう夢中であった。
夢の中だ。
探し物は愛だろか。
とにかく、書いたわけだ。
そしてアナウンス。
「はい、あと10分」
先生の声がジメジメした教室に響く。
それを聞いたブサイくんは焦る。
なぜなら、テスト用紙にあまりに濃い内容を書いていたから、消さなければ、消しゴムに恋していることが知られてしまう。
マリーの事は本当に愛しているけれど、変態扱いされるのにはきっと耐えられない!
早く消さないと。
しかし!!
そこで気付く。
「あれ?」とブサイくんは気付く。
消しゴムが無いことを。
試験中はペンケースを机の上に置いてはいけないことになっている。
えんぴつと消しゴム以外はしまわなければならないのだ。
ブサイくんが机の上に出している消しゴムと言えば、マリーのみ。
マリーをテスト用紙に擦り付けることなんてできない!!
でも、でも、このままじゃ、大変なことになる‥‥。
ブサイくんは、「ちきしょう!!!」と心の中で叫んでマリーを握った。
そして、テスト用紙に当てる。
嫌な汗が出て、呼吸が荒くなる。
マリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリー!!!!

 

思い出して欲しい。
恋は無慈悲だ。

 

「はい、あと5分。名前と出席番号をもう一度確認しておけよ」
湿度の高い教室に、先生の声が響いた。

 

 

おわり

「マリー」-23-
2013.6.30


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マリー 23
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