「生まれて8年目」

 

7月9日 晴れ

朝から元気が出なかった。
昨日、カルボさんは学校を休んだ。
今日は来るだろうか。
そんな不安を抱えて学校に行った。
来ないと、謝れない。
家を出るとき、お母さんが「今日は早く帰ってきなさいよ」と言った。
ボクは極力、元気に「分かった!」と答えた。

 

ボクは祈るようにして学校に行ったけれど、今日もカルボさんは休みだった。
いよいよ心配だった。
どうしよう。
ひどい風邪なんだ。
ボクの水風船爆弾のせいで、風邪をひいてしまったんだ。
全然、勉強に集中できなかった。
給食に大好きな豚汁が出たのに、お代わりにも行かなかった。
お代わりに行ったペペロンがボクの方を見て、ニンマリとしていたけど、どうでもよかった。
昼休みにソルトとペッパーが忍者ごっこに誘って来たけど、「今日は気配消滅術の練習をするから、一人にしてくれ」と言って断った。
カルボさんの事を考えると、何もする気になれなかった。
これもお母さんが言った「恋が招いた事態」なのだろうか。
それについても考えたけれど、よく分からなかった。

 

学校から帰ると、お母さんが慌てた様子で「さ、行くわよ!手洗いうがいを済ませて、すぐに靴を履いて!」と言った。
ボクは手を洗いながら、「どこに行くの?」と聞いた。
お母さんは「え?夕方に行くところと言えば、スーパーしかないでしょ?あなた、忍者を目指してる割りには、まだまだね」と言ってニヤリと笑った。

 

夕方のスーパーは混んでいた。
ボクは悩んでいるせいか、やっぱり甘いものが食べたかった。
でも、いつも使ってたケーキを買ってもらう作戦は、お母さんにバレてしまった。
どうしたものか。
正直に「ケーキが食べたい」と言うべきか。
そのことばかりを考えていると、お母さんは買い物を終わらせていた。
いよいよ、スーパーを出る。
どうする?
いつものならここで「なんだか、甘いものが食べたい」と言うのだけれど。
その時、お母さんが立ち止まって、ボクを見た。
それから買い物袋を腕にぶら下げて、手を胸の前で組むと「忍法、読心術」と言った。
ボクは呆然とお母さんを見ていた。
「ふむふむ。あなた、なんだか甘いものが食べたいけれど、いつも買ってもらってもらっていた作戦がバレているからどうしようかと思っているわね?」
「え?」
ボクはとても驚いた。
どうして?
ボクが目を丸くしているとお母さんは言った。
「あのね、私もお母さんになって8年目よ。中堅お母さんになってるの。これぐらいできるわよ」
すごい。
大人ってやっぱりすごい。
「しかも、こんな術もできるわ」
お母さんはそう言うと、また、胸の前で手を組んだ。
そして、笑いながら言った。
「財遁、ケーキが食べたい息子にケーキを買ってあげる術」
ボクは久しぶりに声を出して笑った。

 

今日は驚きの連続だった。
ケーキ屋に入ると、なんとカルボさんがいたのだ。
カルボさんもお母さんと来ていた。
「あ、」
ボクが声を出すと、それは静かな店内に響いて、カルボさんとカルボさんのお母さんはこっちを見た。
まずは、お母さん同士が挨拶をした。
ボクとカルボさんは目だけを合わせていた。
言わなきゃ!
謝らなきゃ!
そう思ったけれど言葉が出なかった。
その時、お母さんがボクの背中を軽く叩いた。
お母さんの顔を見上げると、ウィンクをした。
ボクはそれを見て頷いたあと、思い切って声を出した。
「あの、カルボさん!この間ごめんね!水風船当てちゃって、ごめんね!」
カルボさんは何も言わず、首を捻った。
代わりにカルボさんのお母さんが話した。
「全然、気にしてないみたいよ。学校休んだのも、風邪って言うわけではないの。この子、生クリームがすごく好きなんだけど、ちょっと食べすぎて気持ち悪くなっちゃって、それで休んだのよ。ちなみに、今日は、ズル休み」
カルボさんのお母さんが笑ってそう言うと、カルボさんは恥ずかしそうに下を向いた。
それから、うつ向きながらボクに言った。
「あの、学校では内緒にしてね」
ボクは張り切って「うん!」と言った。

ボクはカルボさんとの秘密を持つことになった。
それは、なんだか嬉しかった。
嬉しすぎて、チュリオさんにボクのモンブランを分けてあげたくらいだった。

 

 

「生まれて8年目」-9-
2013.7.16




生まれて8年目 9
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