「生まれて8年目」

 

7月11日 晴れ

ボクはもう、一人でお風呂に入れる。
シャンプーをする時は、目を閉じているから怖いけど、急いで洗えば大丈夫。
ボクは素早くシャンプーをしているうちに、「忍法、素早きシャンプーの術」を心得た。
お風呂に関して言えば、もうほとんど大人の領域に踏み込んでいるし、忍者の入浴の仕方にほぼ近いだろう。
やはり、ボクは確実に大人になっているし、忍者になりかけている。

全て洗い終わったあと、浴槽に入る。
浴槽は水遁の術の練習をする最高の場所だけど、潜っているのがお母さんにバレるととても怒られるから、無闇にやるわけにはいかない。
だからボクは浴槽に浸かりながら、考え事をする。
新しい忍術のこと。
お父さんと会ったときにすること。
カルボさんのこと。
お母さんの料理のこと。
大人になってからのこと。
そういうことをボクは考える。

その中でも、最近よく考えるのは、大人になってからのことだ。
ボクは立派な忍者になって、カルボさんと結婚する予定を立てている。
生クリーム好きのカルボさんのために、忍術を駆使し、世界中の生クリームを集めるつもりだ。
きっとカルボさんは大喜びだ。
そうやって、ボクらは幸せに暮らす。
でも、いつまで?
いつまでそうやって暮らせるんだろう。
おばあちゃんが死んでしまった時、お母さんが言っていた。
「人間は必ず死んでしまうのよ。だから、それまでは、たくさん笑いなさい」
ボクたちは死んでしまう。
いつそうなるのか分からないから、一体、どのくらい幸せにカルボさんと暮らせるのか分からない。
もしかしたら、カルボさんと暮らす前に死んでしまうかもしれない。
それは嫌だな。
これだけ我慢しているのだから、大人でいられる時間をボクは全うしたい。
できるだけ長く生きたい、そして、お母さんの言った通り、たくさん笑いたい。
その時、お風呂のドアが開いて、お母さんが顔を覗かせた。
「あまり、長く入っていると、のぼせるわよ」
ボクは「はーい」と言って、お風呂から出ることにした。
最後に10数えて出るときに、ボクは「忍法、長生きの術」をとなえた。
これでしばらくは大丈夫だろう。
でも、油断は禁物だ。
ボクは早いとこカルボさんと幸せにならなければ!
明日、デートに誘おう。

 

 

「生まれて8年目」-11-
2013.7.18




生まれて8年目 11
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