「ロール」

 

ロール18

衝撃。
今、トイチの兄貴の口から出たのは「アキホ」という名前。
それは、あれだよね?
コンビニで働いているアキホちゃんのことだよね。
毎朝僕が笑顔を振り撒いてもらっていたアキホちゃんの事だよね?
いや。
いやいや。
分からない。
分からないぞ。
この世界には同姓同名など沢山いる。
確かめるまでは分からない。
「それは近所のコンビニで働いている・・・」
僕がそう言おうとした時だ。
「確かさ、あそこのコンビニで働いてるよね」
トイチの兄貴がそう言った。
僕は目を見開く。
トイチも事の重大さを悟ったのか、声を上げた。
「それって、、マジかよ」
僕はもうなんだか何も言えなかった。
今まで毎朝エミナちゃんと会っていたって言うのか?
しかも、格好を付けて自分の言葉のように格言トイレットペーパーの言葉を言っていたのか。
あり得ないだろ。
なんだよそれ。
マジかよ。
だけど、ハッと気付く。
なぜ、さっき僕がマッハ2くらいの早さで公園から逃げ出して来たのか。
そこだ。
その、違和感だ。
トイレから出てきた女の子にエミナちゃんではなく、なんとなくアキホちゃんを感じたのだ。
それでなんか焦った。
焦った挙げ句の逃げ出し坊やになってしまった訳だ。
トイチの兄貴は話を続ける。
「なんか最近人気になってきたよな、アキホ。朝のさ、ニュースに出てるよね。お天気お姉さんみたいな感じでさ」
なんだって!?
テレビか!?
それはテレビか!?
TとVなのか!?
衝撃2である。
だから最近、朝、コンビニにいないのか!
トイチの兄貴が「アキホ」とアキホちゃんを呼び捨てにしていることを気にしている暇もないくらいの衝撃。
動くエミナちゃんが観れるというのに、僕はなぜその情報を知らないのだ!!!
トイチが聞いた。
「それ、何時からやってるの?」
「確か、朝7時前とかだったな」
兄貴のその言葉を聞いてトイチがチラリと僕を見る。
なんだこのデブメガネ!!
寝てるよ。
確かに寝てるよ!
完璧に寝ているよ!!
悪かったな!
「そこでさ、アキホが今日の一言みたいのを言うらしいんだけど、それが人気みたいだよ」

 

トイチの兄貴が帰った後、トイチが言った。
「エミナちゃんのその動画、ネットにあるんじゃないの?観よーよ」
「観ない」
「何で?」
「ちゃんと生で観るよ」
「あそ。俺は観るけどね」
トイチはそう言ってケータイにヘッドフォンを挿した。
僕はそのニュース番組の正確な時間帯を調べた。
エミナちゃん・・いや、アキホちゃんが出るのは6時55分くらいだ。
6時55分。
なんて早いんだ。
しかし!
起きない訳にはいかない。
何てったって、動くアキホちゃん・・いや、エミナちゃんが観れるのだから!

動画を観ていたトイチが急に「あれ・・これって」と言った。
僕がトイチを観ると、トイチも僕を見ていた。
なんだか心がざわついたのは、目の前のデブメガネに恋をしたからではない。
それは確かだ。

 

 

「ロール」-18-
2013.12.7

ロール 18
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