「ロール」

 

ロール21

それは5分前でした。
待ち合わせ時間の。
彼は遅刻することなくきちんとやって来たのです。
私はコンビニの前に立っていたのですが、猛スピードで自転車がやって来たと思ったら、それが彼でした。
とても息を切らしていました。
彼は自転車を停めると私の前に立って、それから言いました。
息を切らしながら言いました。
「朝以外に会うのは初めてだね」
私は答えます。
「そうですね。遅刻していない遅刻さんに会うのも初めてです」
彼はそれを聞いて笑います。
頭を掻いて笑います。
私は忘れないうちにお礼を言いました。
「この間、公園のトイレでトイレットペーパーの差し入れありがとうございました」
「ま、まぁ、仕事だから」
彼はそう言いました。
それから独り言のように呟きました。
「ビックリだよ。アキホちゃんがエミナちゃんだったなんて。ずっと、ファンだったからさエミナちゃんの」
「気付かれないんです。多分、私、あまりオーラとかそういうの無いんで」
「いや、そんなことないよ!」
彼はそう言ってくれました。
そしてその後に、ふとした沈黙です。
気まずい感じではありません。
本当にふとした、沈黙です。
長くもなく短くもない、その時間に私は冬を感じたのです。
秋だと思っていたのに。
いつの間にか冬でした。
そこでふいに彼が自転車へ近づきました。
そして荷台の蓋を開けると中からトイレットペーパーを1ロール取り出しました。
「あのさ、これ、良かったら使ってよ」
「いいんですか?」
「是非さ、アキホちゃんに使って欲しいんだよ」
渡されたトイレットペーパーのパッケージには『迷言トイレットペーパー2』と書かれていました。
私がそれを見ていると彼は言いました。
「それさ、僕が毎日アキホちゃんに言っていた言葉みたいなのが載ってるんだよ。実はさ、僕の言葉のように言ってたけどさ、アレ、トイレットペーパーに書いてあったヤツなんだよね。ごめんね」
それを聞いて私は頂いたトイレットペーパーを返しました。
遅刻さんの手元に。
「え?・・・そ、そうだよね」
彼は残念そうに言いました。
でも本当に残念に思ったのは私です。
遅刻さんはトイレットペーパーを自転車の荷台の箱に入れると「じゃあ、帰るね、ごめんね」と言うのです。
私はそれを止めました。
それから言うのです。
恥ずかしい気持ちを押さえて言うのです。
「そのトイレットペーパー、貰ってしまったら、聞けないじゃないですか。遅刻さんから、直接、聞けないじゃないですか、メイゲンを」
私の顔は、とても熱くなりました。
もう冬だというのに。

 

 

おわり

「ロール」-21-
2013.12.11

ロール 21
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