「ロール」
ロール19
ケータイで「トイレットペーパー屋」を検索しながら考えていました。
ヒットする記事を流し読みしながら、考えていました。
そろそろコンビニのバイトを辞めようと思っているのです。
店長には前々から話してありました。
朝も出れなくなったし、午後からも結局は仕事が入ってしまい休むことが多くなりそうだからです。
もう、今日の午後の出勤の時に言おう。
そう決めたのは、朝の番組の控え室です。
たったの5分ほどですがテレビに出ているのです。
少しだけ簡単な天気予報を放送するのです。
もちろん、私は気象予報士の資格なんて持っていません。
きちんと資格を持った方と一緒にそこに立つのです。
笑顔を絶やさずに頑張るのです。
最初はそこに立っていれば良いと言う話でした。
だけど、初日、番組のスタッフの方から言われたのです。
「天気予報終わった後、5秒くらい時間あるから何か一言もらえませんか?『エミナのひとこと』っていうテロップだすので」
私は戸惑いました。
そんな気の利いた一言が言えるような人間ではないのです。
「天気予報に全く関係なくていいので。エミナちゃんの個性出してみて下さい」
困りました。
何を言えばいいのやら。
「みなさん、働くのは辛いですが、夢を持って頑張ってくださいね!」とでも言いますか。
個性の欠片もない言葉です。
私はため息を吐きました。
私たちは時に「個性」という言葉にも踊らされるのです。
個性とはなんでしょうか。
私は考えます。
才能とはまた別の問題です。
「才能があっても個性がない」
そんな言葉を聞いたこともあります。
個性が無ければその才能も霞むのでしょうか。
よく分かりません。
だけど、時間は進みます。
分からない間にも進みます。
もうあと少しでカメラに映る時間です。
何を言おう。
私は考えました。
ぐるぐるぐるりと考えました。
でも考えれば考えるほどぐるぐるします。
天気予報が始まりました。
私は笑顔で立っています。
カンペが出たので、「傘をお忘れなく!」と言います。
そしてあっという間に天気予報は終わり、私の時間です。
カメラが全部私の方を向きました。
笑顔です。
とりあえず私は笑顔です。
そして口を開きました。
笑顔のまま口を開きました。
無事に撮影が終わるとスタッフの方に褒められたのです。
スタッフの方は「なんか、良いですねあの言葉。意味がありそうでなさそうでありそうだし」と言って笑います。
私も笑います。
まさか、口をついてあんな言葉が出るなんて。
私は控え室に戻ると座って、ふぅと息を吐き出します。
初めてのテレビは緊張しましたが、ふと笑ってしまいます。
自分がカメラの前で言ったひとことを思い出して。
そして今日も言うのです。
なんだか人気が出てしまったそのコーナーで。
自分の言葉のように言うのです。
彼がくれた言葉を。
「良くできたコーヒーの味が分かるほど、良くできた人間はいないのです!いってらしゃーい!」
そして思うのです。
結局のところ個性など借り物に過ぎないと。
それから彼に感謝するのです。
毎朝会っていた遅刻常習犯の彼に。
「ロール」-19-
2013.12.8