「ロール」

 

ロール20

僕は寝ずの番を実践中だった。
「とりあえず、早いところ観た方がいいよ」
トイチにそう言われた。
エミナちゃんのことだ。
TVに映るエミナちゃんのこと。
当然、僕には朝の6時55分に起きるなんてできやしない。
だから自宅にて、寝ずの番である。
あぐらをかきながらTVを観てる。
深夜やってるムービー。
何度も眠りそうになったが堪えた。
そして考えた。
アキホちゃんがエミナちゃん。
エミナちゃんがアキホちゃん。
どちらにしろ好みだった。
そりゃそうだ。
同一人物なのだから。
しかしそこで証明された。
僕はどの角度から見たって、彼女が好きなんだってことが。
彼女は。
彼女はどう思っているのだろうか。
僕のことをどう・・・。
チャラリラリン!!
目覚ましが鳴る。
目を見開く。
目覚ましを止める。
4時だ。
午前4時。
今、一瞬のうちに眠っていた自分に驚く。
信じられない。
眠気というものは、恋と同じくらい無意識にやってくる。
「どうなってやがる」
そう呟きながら僕はトイレに立った。
もちろん、大だ。
大の方だ。

 

カラカラとトイレットペーパーを引く。
アキホちゃんに伝えられなかった格言が沢山ある。
この格言トイレットペーパーは「これさ、パッケージ破けちゃって使えないからやるよ」とトイチにもらった物だ。
なんでこれを毎朝アキホちゃんに言うようになったのかはよく覚えていない。
多分、初めて彼女を見たときに言葉に詰まって思わず口から出したのだろう。
多分、そんな感じだ。
「利き手の反対を使いこなしてこそ、利き手の真の良さが分かるものである」
僕はそう書かれていたトイレットペーパーを流した。

 

カーテンの外が明るくなっていた。
僕は眠気のピークを越えていた。
6時。
僕はシャワーを浴びた。
それからドライヤー。
歯磨き。
髪型を整えて、着替えた。
そう、しっかりとした格好で彼女と対面しなければ。
6時40分。
僕は例の番組にチャンネルを合わせる・・・。
チャラリラリン!!
目覚ましが鳴る。
目を見開く。
目覚ましを止める。
6時50分
また眠っていた。
なんてこったい。
一瞬の隙に眠りの谷に落ちていた。
しかし、保険を掛けていてよかった。
良い時間に目覚められたわけだ。
画面を見つめる。
どきどきしてくる。
54分。
あと1分を切ってる。
エミナちゃん。
アキホちゃん。
エミナちゃん。
アキホちゃん。
そして、画面に彼女が映った。

 

テレビを観てから、10分後には自転車をかっ飛ばしていた。
肌に当たる風が冷たい。
冬か。
冬なのか。
いつの間に秋は去った?
車線変更を駆使してなるべくブレーキをかけないように図る。
だけど途中で大袈裟にブレーキを握る。
そこで、気付く。
コンビニに寄る必要はない。
どんなに急いでいても寄っていたコンビニに、もう寄る必要はない。
ファッキン、クールだぜ。
結局はくそダッシュ。
遅刻してなくてもくそダッシュ。
くそダッシュで自転車をぶっ漕ぐ。
ふざけんなっつーの!!!
そんな感じで赤信号にキレながら自転車を漕ぐ漕ぐ漕ぐ漕ぐ漕ぐ漕ぐ。
漕いだ先の出勤時間の1時間35分前に、バイト先にイン。
街の寂れたトイレットペーパー屋。
正方形の小さい店だ。
カウンターは二人立つと一杯。
そこに同僚はもう立っていた。
当たり前だ。
いや、当たり前じゃない!
だって今日は遅刻じゃない。
むしろ早いんだぞ!?
僕は腕時計を確認。
間違いない。
僕は息を切らして、同僚を見る。
「残念そうな顔してるじゃん」
そう言ったのはデブでメガネのトイチ。
息が切れているせいで、「何で」と言うのがやっとだった。
「いつも通りだよ」
トイチは肩をすくめて言った。
そこで僕は大事な事を思い出す。
テンションが上がる。
「トイチ、聞いてくれよ!!アキホチャンがさ!」
「知ってるよ。あれさ、お前が毎朝教えてたりしたんでしょ?」
お?
何でそれを知ってる?
確か、トイチにはその事を話したことがないはずだ。
僕が「何で」と言う前にトイチは答えた。
「あれさ、俺があげたトイレットペーパーに書いてある言葉だ。メイゲントイレットペーパーな。『迷う』の『迷』に『言葉』の『言』で『迷言』な」
トイチが指で宙に文字を書く。
「え?あれ、格言トイレットペーパーじゃないの?」
「違うよ。あれ売れないから、パッケージを捨ててお前にやったんだ」
なんだって?
僕はそれを毎日アキホちゃんに伝えていたのか?
しかも、それを彼女はTVで!?
迷言を?
なんだか、彼女が恥をかいているような気がして、僕はデブメガネを睨んだ。
「良いじゃん。彼女はそれで人気者だ」
笑うデブメガネ。
「ふざけやがって!!!」
僕が怒鳴ったそのタイミングで電話が鳴った。
滅多に鳴らない店の電話が鳴った。
トイチは僕から逃げるように電話に出た。
「はい、トイレットペーパー屋です!」
トイチは電話の相手と会話を始める。
店主だろうか。
だけど関係ない。
僕はそんなデブメガネを睨み続ける。
「はい。10時に?分かりました。では失礼します」
トイチはそう言って電話を切る。
僕がまた怒鳴ろうとしたのを知っていたかのように、すかさず話し出した。
「外回りだ!あそこのコンビニに10時!電話の主は、、エミナちゃんの声に似ていた、とも言えるな」
トイチはにやりとして言った。
「は?」
「は?じゃないよ。お前さ、これ、一世一代の外回りだよ」
トイチがいつの間に溢れ出た額の汗を拭いながら言った。
そこで僕はなんとなく状況を把握しだす。
「も、もしかしたら、花とか必要か?」
怒りを忘れて、僕はトイチに聞いてみる。
「いや、トイレットペーパーが1ロールあれば十分だろ?」
そう言って汗を拭うデブメガネの彼が、とても痩せたイケメンに見えた。

 

 

「ロール」-20-
2013.12.10

ロール 20
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