『頭上のライク』

 

4

仕事なんて手に付かずにいた。
パソコンのキーボードを叩く振りばかりしていた。
そりゃそうだ。
仕事なんかよりも、自分の頭上の数字が気になって仕方ない。
コンビニで買ってきた手鏡を取り出しては頭上を見て安心した。
減っていないが増えていない。
減ったら嫌だけど、増えていないのもなんだかな。
どちらにせよ、落胆する。
そういうわけで、チラチラと手鏡を見ていたらあっという間に昼休みだ。
全然仕事が進まなかった。
この階だけでも、50人はいる広いオフィスだ。
僕一人がパソコンを叩く振りをしていたって、ちっともバレないが、仕事が進まないのは問題だ。
どーしよ。
僕が悩んでいた時だ。
「飯行こうぜ」
同期のアイツが声を掛けてきた。
僕は座ったまま立っている彼を見上げる。
彼の頭上の数字は朝、僕が下げてから変わらずの199だ。
よし。
そうだな。
とりあえず、飯、食うか。
それで切り替えて少し仕事に集中しなくちゃ。
「行くか。でも、人が多いところは嫌だな」
僕は彼に言った。
だってそうだろ。
人が多いと色んなヤツの頭上の数字が気になって疲れそうだ。
そう思ってから「おや?」と思う。
そういえば僕は、自分の数字ばかり気になって、オフィスの同僚たちの数字をしっかりと見ていなかった。
そう思ってふとハナオカさんを探したけれど、すでにお昼に出たようで、姿が見当たらなかった。
「人が多くないところだと…どこだろうな」
僕がオフィス内をぐるりと見回しているとき、彼が言った。
店選びは彼に任せるとして、僕はそのままオフィス内を見回す。
頭上の数字はやはり平均250くらいだ。
ここにも1000を越えた者はいない。
あ、上司はどうだろうか。
僕はオフィス内で一つだけ分離されているデスクを見た。
そこには、課長が座っている。
別に嫌なヤツではないが、良いヤツでもない。
そんな感じの印象だ。
ただ許せないのは、何かに付けてハナオカさんを呼んでは話したり、食事に行ったりしていることだ。
みんなのアイドルを奪うなんて、パワハラもいいところだ。
そしてそんな課長の頭上の数字は…2。
2って。
2ってなんだよ。
さすがにそこまでじゃないだろ。
僕は目を疑って、何度か瞬きをしてみたけど、2だ。
いや、3、4、5…12とどんどん上がっていく。
え?
何だ?
何だ、あれ。
あっという間に50を越えた。
考えられる可能性はただ一つ。
誰かが課長を褒めまくっているんだ。
数字の上昇は止まらず、80を越えて、90に手を掛けようとしたときだ。
どーん!!と音でも鳴りそうなくらいの勢いで数字が下がって、3になった。
さっきまでものすごい勢いで上昇してたのに、急に3になった。
考えられる答えはただ一つ、誰かが課長のことを本気で罵ったのだろう。
課長はそんな自分に対する評価の変化も露知らず、もくもくと奥さんが作ってくれたであろう弁当を食べている。
食べている。
食べている。
その間、数字がまた少しずつ増えていく。
なんだ。
なんなんだ、それは。
僕はもうこのままだと課長から目が離せなくなるから、店を選びかねている同期のヤツに「もういいよどこでも!裏の蕎麦屋にでも行こうぜ!」と行って、席を立った。

 

蕎麦屋は会社が入っているビルのすぐ裏側にある。
そこに行くことを目の前に座る同期のヤツは嫌がっていた。
「旨くない」で有名な店だったからだ。
僕も普段は来ない。
というか、来たことが無い。
そして、他の社員も来ない。
つまりだ、人が少ない。
目論み通り、店内には僕と同期の二人しかいない。
僕は、やっと緊張が溶けた気がした。
肩の荷が降りたというか、なんだろうか、疲れなくて済む。
みんなの頭上の数字を見ていると、数字の世界に飲み込まれた気分になって、辛い。
何より、「あの人があの評価!?」といちいちなる自分にも疲れる。
しかし、同期の199は変わらずだ。
多分、僕も199だろう。
安定だ。
落ち着く。
結局、「同レベルといると安心なんだな」と悟って僕は複雑な気持ちになった。

 

昔ながらの割烹着と、頭には白い三角巾を巻いたお婆さんが注文を取りに来て、僕と同期は同じ「たぬきそば」を頼んだ。
その時、ふと、お婆さんの頭上を見る。
だけどそこに数字は無かった。
何でだ?
まさか、ゼロなのか?
そう思って僕はお婆さんを観察する。
笑顔がよく似合うお婆さんで、笑うとき、顔中の全てのシワが笑顔のためにくしゃっとなる。
見ていて不快ではない。
こんなことを年上に言うのは失礼かもしれないが、むしろ可愛らしい。
ではなぜ、ゼロなんだ。
蕎麦か?
そんなに蕎麦が不味いのか?
僕は、こんなに人の良さそうなお婆さんの数字をゼロにしてしまえるほどの蕎麦を想像して、とても不安になった。
だけど、今から出るわけにはいかないだろう。
僕は仕方なしに、その場を動かずに、同期の詰まらない話を聞いた。

 

「今日さ、合コンなんだよね」
それは、同期の詰まらない話しの中で、聞き捨てならない言葉だった。
「誰と?」
「それがさ、ハナオカさんがセッティングしてくれたんだよね!」
デレデレした顔で彼はそう言った。
その瞬間、同期の頭の上の199という数字が198になる。
僕が、心から「死ね!!」と思ったからだろう。
ハナオカさんと合コンをするなんて言語道断だ!
「なんかさ、他の部署の人も来るみたいなんだけどさ…あれ、もしかして、怒ってる?」
は!?
なんだこいつ!
腹の立つヤツだ!
「あ?怒ってねぇよ!」
「怒ってるじゃねぇかよ!まぁ、いいじゃないか、お前には綺麗な彼女がいるんだからさ。羨ましいよ、ほんと」
こいつがハナオカさんに合コンを誘われたという事実に対する怒りより何より、「あ、今、僕の彼女の頭上の数字が1増えたな」なんていう事を思ってしまった自分に対するやるせなさの方がでかかった。
僕はその一瞬で意気消沈だ。
まぁ、あれだ。
ハナオカさんがこいつを相手にするとは思えないし…。
そう思った時、僕は思い出した。
朝の出来事。
ハナオカさんにネクタイを褒められた、こいつの頭上の数字が1上がった
ことを。
そうだ。
こいつはハナオカさんに社交辞令ではないお褒めの言葉をもらったのだ。
もしかしたら、本当にハナオカさんは、こいつの事を…。
いや!
待て!
好きなやつの事を合コンになど誘うか!?
好きなら、一対一だろ!?
そうだ!
そうに違いない!
でもしかし、僕のネクタイを褒めた時は社交辞令で、こいつを誉めた時は、社交辞令じゃなくて!!!
僕が非常に混乱していると、お婆さんが、たぬきそばを運んできた。
やはり、お婆さんの頭上の数字は見えない。
お婆さんが去ってから、「お、言うほど不味くなさそうだ」と小さい声で同期が言った。
僕はハナオカさんに誘われたヤツなんかの言葉にはノーコメントで、蕎麦を啜った。

うん、不味い。

 

 

『頭上のライク』-4-


緑のたぬき天そば(東)101g×12個


2014.6.30

頭上のライク 4
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