『頭上のライク』
7
「聞いてくれよ」
僕の同期は肩を落としながら言う。
仕事終わりに、二人で居酒屋に行った。
僕たちは週に3回は「会社の愚痴を言うためだけの飲み会」を開催するわけだが、今日は会社の愚直が議題ではない。
昨日の合コンの話である。
ハナオカさんに誘われて、ねっとりと付いていった僕の同期は、今朝会社に来てみれば、頭上の数字が100近く落ちていた。
合コンでコンテンパにされたに違いない。
その元気のない姿に、さすがの僕も慈悲をかけたくなった。
僕は彼を誘って、チェーン展開された安い居酒屋に居た。
そこで彼は言った。
「聞いてくれよ」
僕は「聞いてやるよ」と返す。
彼はため息混じりに話す。
「俺は、人数合わせだったよ」
僕は「だろうな」と言いそうになるが、堪えた。
とりあえず、そのまま黙っておく。
「ハナオカさんに誘われたから喜び勇んで行ったわけだけど、他の部署の男どもは俺なんかよりもイケメンだし、良い時計をしていた。仕事がとてもできそうなやつらだったよ。しかもみんなあからさまにハナオカさんを狙っていた」
僕はまた「だろうな」と言いそうになる。
お前よりもイケメンで良い時計をして、仕事ができそうなやつらなんて腐るほどいるだろう。
そして、そういうやつらが軒並みハナオカさんのような美人を狙うのも、少し考えれば必然だ。
「だけどな、その場の空気を壊して、『帰る!!』なんて言う俺じゃない。とことんな、ピエロになってやったさ。それでハナオカさんが笑ってくれるなら他の誰に笑われようが関係が無かった」
その代償が頭上の数字マイナス100であることにこいつは気付いていない。
しかし、僕は彼を讃えたい。
好感度が下がるのを覚悟で、とことん笑われることのできるヤツはそういない。
彼はそれをやったのだ。
大いなる代償と引き換えに、その場の空気を守ったのだ!
「よし」
僕は小さい声を漏らしながら決意した。
そしてそれを言葉にした。
「同胞よ、今日ばかりは僕が奢ろう!!」
「え?」
彼は間抜けな声を出してから、目を輝かせて「持つべきものは、同期だ!!」と半べそをかいていた。
かわいいところもあるじゃないか。
僕はさらりとそう思った。
すると、あの音だ。
チャリーンと。
同期の頭上の数字が88になっていた。
まぁ、1くらい憐れんでやってもいいだろう。
僕は今となっては、彼に圧倒的な差を付けているのだから。
だけど、ふと、心配になった。
本当か?
本当に圧倒的な差か?
最後に確認したのはいつだ?
いつなんだ?
僕はいてもたってもいられず、「トイレ」と席を立った。
確認した頭上の数字は朝から変わらず199のままだった。
僕は、逆に悲しくなってきた。
僕という人間はあまり、人の感情に入り込んでいないのだなと。
割りと酔って帰った。
家には彼女がすでに居て、お風呂から出たところのようで、濡れた髪の毛をバスタオルで拭いていた。
「おかえり」
「ただいま」
「昨日、寝るの早かったね」
彼女は言う。
「うん。なんだか疲れてさ」
僕はそう言いながらお風呂に入る支度をした。
「お腹空いてる?」
「いや、大丈夫」
「そ」と言って彼女が微笑む。
可愛いと思う。
チャリーン。
そうなるよね。
彼女の数字が増えた音だ。
彼女の数字は相変わらず多くて、623だ。
僕の数字の約3倍。
すごいな。
本当に。
僕は感心しながらシャワーを浴びた。
そこで、今日の事を思い出す。
同期が言っていた言葉だ。
「お前の彼女は綺麗だし、気が利くし、いいよなぁ。何でお前みたいな普通の人間があんな人と付き合えたんだ?」
普段ならイラッとするその言葉も、数字的に圧倒的な有利さを誇っている今はイラつかなかった。
むしろ、「そんなところしか噛み付き所がないんだな」と憐れんだ。
だけど、その話の最後にアイツが言った、「気を付けろよ。女の心は空模様だ。婚約をしているからと言って安心してちゃ痛い目をみる」という言葉はなんだか心の中に残った。
確かに、頭上の数字的に見ても、僕と彼女が釣り合っているとは言えない。
199と623。
相手にならない。
僕はなんだか、なんだか少しだけ不安になった。
そんなときに、さらに追い討ちをかけられることになる。
お風呂から出た僕に、テレビを見ていた彼女は言ったのだ。
「来週にさ、高校の同窓会があるから、その日は外で食べてきて」
そう言ったのだ。
僕に、そう言ったのだ。
高校の同窓会。
良いよ。
全然良い!
行っても一行に構わない!
だけど、だけど、なんだろうか。
なんだろうか、この不安な心持ちは。
あいつだ!
同期だ!
同期のせいだ!
あいつが僕に余計な事を言うから、彼女が僕なんかを簡単に置いていきそうな気がするだ。
…いるかな。
…いるかな、僕よりイケメンで、良い時計をしていて、仕事がとてもできそうで、それから、頭上の数字も500を軽く越えちゃってるヤツ。
黙っている僕に、彼女は「どうかした?」と言う。
「ううん。ど、同窓会、楽しんできてね!」
僕は自分でも分かるくらい不自然な笑顔でそう答えた。
つづく
『頭上のライク』-7-
2014.7.11