『ある町のgirls』
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4月の初めのsaturday。
いくらspringと言えども、昼間ですら肌寒いときがある。
だけど、今日はまだ良かった。
風が無いんだ。
だからその娘は、海の見える丘まで出掛けたってわけ。
簡単なlunchを持ってね。
そう、たいしたlunchじゃないさ。
だって彼女は、料理が上手な訳ではないからね。
適当なパンで適当な材料を挟んだサンドウィッチ。
それだけのことさ。
彼女は丘に着くと、まだ綺麗な緑が生え揃ってない草の絨毯の上に、ビニル製のシートを敷いた。
淡いグリーンと白の太いストライプ柄のシート。
確かに、彼女が好きそうなcolorだ。
その場所はちょうど大きな木の陰になるところで、その木は秋になるとドングリを実らせる樫の常緑樹だってことを、彼女も知っている。
いや、樫の常緑樹だってことは知らないかもしれない。
ドングリの木ってことくらいしか知らないのかな。
でも、そんなもんだろ。
彼女は鞄から文庫本を取り出すと、シートの上にゴロリと寝転がる。
仰向けでそれを読み始めた。
彼女が羽織っているパステルイエローのカーディガンが、シートのcolorとよく合っている。
その画を切り取っただけでも、springを連想できるだろうね。
だけど、彼女がしんしんと読んでいる振りをしている本は、ちっとも春らしい本じゃない。
冬に閉じ込められてしまうという内容のライトノベル。
学校の男の子に紹介されて、「貸して」と言えなかった彼女は、わざわざそれを買ってまで読んでいる。
好きなんだろうね。
その男の子のことを。
だけどそれがloveかどうかは分からない。
なぜなら始まってもいないし、始まることがあるのかも分からないのだから。
だとしてもね、本当はそんなことちっとも関係ないのがhumanさ。
彼女はその男の子のことが好きだし、その想いがあったから本を買ったし、本が売れた本屋は嬉しいし、本を描いた人はもっと嬉しい。
誰かの恋が世界を回すのって、すごいことだけど、滑稽でもあるね。
彼女は、ただ彼のことが好きなだけなんだから。
むしろ、「世界よ回れ」と思っているに違いない。
すでに回っていることなんて知らずにね。
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その日は風が少なかったから、スカートで出掛けた。
だけど、暖かいわけでもないから、カーディガンを羽織っている。
4月が始まったばかりの土曜日。
最後のクラス替えで、今年も彼と同じクラスになった。
しかも、席もとなり。
3年前に都会からこの小さな町にやってきた彼は、私たちの知らないことをたくさん知っていて、でもだけど、それを自慢するようなことはしない。
そこが、すごく、良い。
彼はよく本を読む。
私も読書は嫌いじゃないから、ぼちぼちと読むけれど、彼は私の知らない本をたくさん読んでいた。
だから、聞いてみた。
席が隣になったのをいいことに。
「なんかおすすめの本ある?」って。
そしたら彼、「そうだな、…おすすめっていうか、一番好きなヤツは…」とタイトルを教えてくれた。
「今度読んでみよ」と言う私に「あ、でも、僕の好みだから、面白くなかったらごめん」って恥ずかしそうにする彼。
そういうところも、良い。
私はそのあと、その本を「貸して」と言おうとしたけれど、勇気が出なくて、学校の帰りにこそこそと町に二軒ある本屋のうち、大きな方の本屋へ行った。
本はライトノベルのコーナーにあって、私はそれを買った。
それが昨日のこと。
ゆっくりと読みたかったから、昨日の夜は読まなかった。
そして今日。
私は、適当に作ったサンドウィッチと紅茶を持って、海の見える丘へ自転車を走らせた。
そこには、大きなどんぐりの木があって、私はその木の下にシートを敷いた。
木陰になっていて、仰向けで本を読んでいても眩しくないから。
私はストライプ柄のシートの上にごろりと寝転がると、本を開いた。
その本は、冬に閉じ込められてしまう話しだった。
こういう、ミステリーはあまり好きじゃない。
好きじゃないから、あまり集中できない。
だけど、せっかく買ったし、読み進めれば好きになるかもしれない!
そう思ってもう少し頑張ってみる。
でも、本当はもう飽き飽きしている。
彼の言葉を思い出す。
「僕の好みだから…」
確かに、本とか音楽は好みがあるから、仕方ない。
でも、少しでも彼のことを知りたかった。
その「好み」が彼を型どる材料なのだから、私もその好みを知って、それに近づきたかった。
同じような感性や感覚が欲しかった。
それでも集中できなかった私は、読むのを諦めて、顔の前にあった本を畳んだ。
どんぐりの木が空を隠している。
木漏れ日がきらきらと綺麗。
さっきまで読んでいた本よりも、この木漏れ日を見ていた方が、良い。
でも、彼のことも知りたい。
だって、今年が最後だし。
きっと彼は都会の大学へ行ってしまう。
そしたらもう…。
でも。
でも、この本は苦手。
ワガママな私。
もっと上手く、簡単に、世界が回ってくれればいいのに。
そう思った時だ。
私はざわざわと弱い風に揺れるどんぐりの木の葉の中に、見付けた。
逆光だから見にくい。
手で日除けを作って見てみる。
目をぐっと凝らして見てみる。
私は呟く。
「コウモリ?」
つづく
『ある町のgirls』-2-
2014.8.16