『ある町のgirls』

1

 

b

例えば、あの娘は頭の悪い男に抱かれたことがあるんだけど、今まさにそれを思い出してる。
まるで金魚を飲み込んだみたいに鳥肌が立って、「死ねる」っていう気持ちらしい。
そう、今はmidnightで、彼女は好きでもないジンライムを飲んでる。
要するに酔いたいんだと思う。
Barには他にお客さんがいなくて、彼女とは長い付き合いの白ヒゲを伸ばしたマスターは、静かにグラスを拭いている。
流れるmusicは多分、あれは、多分jazz。
決して陽気じゃないけれど雰囲気は悪くない。
むしろ、最高に近い。
縦長のBarにはカウンター席しかなくて、彼女は入り口から一番遠い、つまり、奥の席の二つ手前に座っている。
きっと最初は一番奥まで行こうと思っていたのだろうけれど、行く前に飽きたに違いない。
歩くことに。
でなきゃあんなに中途半端な位置には座らないだろう、humanって。
あの娘ときたら、そんな中途半端な席に着くと、すぐにジンライムを頼んだんだ。
投げ遣りに。
とても投げ遣りさ。
お風呂に入る前に下着を放るような、そんな具合の投げ遣りさだったよ。
とにかく、そうやって頼んだジンライムを彼女は味わいもせず飲み干していくんだ。
今、一体、何杯目なのか、彼女は分かっていないだろう。
だけどマスターは優しいから、ぼったくるような真似はしないのさ。
だってほら、そんなことしたら後が怖いだろ?
この町は大きくない。
噂だってなんだってすぐに広がってしまうんだから。
それで彼女は安心してジンライムに浸れるってわけさ。
悪くない話だろう?
この町は、その小ささのおかげで温かい。
その代わりに、逃げ場はどこにも無いんだね、これが。
嫌なら出るしかない。
この町を。
それが幸せか不幸かは、誰に尋ねたら教えてくれるのか、誰にも分からない。

 

g

好きでもないジンライムを、何杯飲んだかなんてちっとも覚えていない。
思い出せるのは、なんだか昔の事ばかり。
そう。
もう、本当に昔のこと…。
年を取ったのかしら。
そう思ってみても、そんな気もしない。
確かに年齢は積み重ねたけれど、お酒を飲めるようになったのは、ついこの間のように思える。

どれくらいの時間を遣ったのだろう。
その中のどれくらいの時間を思い出せるのだろう。
どれくらいの時間を思い出せないのだろう。
どれくらいの時間を一人で過ごしたのだろう。
どれくらいの時間を一人で過ごさなかったのだろう。

どのくらいの時間が、私の前から逝ってしまったのだろう。

思考がふわふわしだしたところで、マスターにジンライムのお代わりを注文する。
ちっとも酔っていない振りをしながら。
マスターは頷くだけで静かに作業に取りかかる。
気持ちが良かった。
過去や未来や恋や彼や彼女、悲しみや喜びや切なさ、それら全てがふわふわと頭の中を漂っていて、私はそのふわふわに全てを預ければいいだけ。
気持ちの良い時間。
カウンターのテーブルに肘をついて、掌であごを受け止める。
ふわふわが詰まった重たい頭を手に預ける。
そうやって、私はジンライムを作るマスターを見たり、マスターの背後に沢山並んでいるお酒の瓶を見たりしていた。
そこで、見付けた。
バーの天井の隅。
何かがぶら下がっている。
私は、お酒のせいで少し霞んだ目を細めて、それを見る。
黒い、何か。
ぐっと、目を凝らす。
私は小さく呟いた。
「コウモリ?」

 

 

つづく

『ある町のgirls』-1-
2014.8.14


女子会カクテル

ある町のgirls 1
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