『ある町のgirls』

7

 

b

例えば、あの娘は頭の悪い男に抱かれたことがあるんだけど、今まさにそれを思い出してる。
あれは確か、会社のお昼休憩から始まった出会いだ。
その日はtuesdayで、いつも行っているパン屋は閉まっている。
食欲の出なかった彼女は、会社の自動販売機で買った紙パックのコーヒー牛乳を片手に歩いた。
あの、ドングリの木がある丘まで。
紙パックにストローを突き刺して、チュウチュウと飲みながらね。
そして、丘にたどり着いた彼女は、落胆した。
男が一人、綺麗なgreenの芝生の上に座って、海を見ていた。
人がいるなんて、珍しい。
一人でゆっくりしたかったのに。
先客がいるなら、帰ろうかな。
そう思った瞬間に、彼女はストローを吸った。
そしたら、中身が無くなっていたパックは「ズゴゴゴ」と音を立てた。
芝生に座っていた男がその音に気付いて、彼女の方へ振り向いた。
その顔を見た彼女は胸を詰まらせるわけさ。
あの、彼だったからだ。
都会の大学に行ってしまった、好きだった、彼。
彼も少しビックリしたあとで、彼女に向かって、優しい笑顔で手を降った。
そこからは、もうeasyだった。
刺激の無い毎日を過ごしていた彼女は、「なんとなくさ、この海の景色が見たくなって来ちゃった」と、はにかんだ彼に夢中になった。
そして、彼と抱き合うまでに、大した時間を要さなかった。
だけど、昔とは変わっていた彼。
時間を過ごすうちに、彼女は気付くんだ。
なんか、この男、最低かも。
そして、彼女は彼に別れを告げるのだけれど、彼はちっとも潔くない引き際を演じてみせて、彼女をもっと深くまで落胆させたのさ。
落胆に次ぐ落胆。
彼女は、あの時間を完全に人生の汚点だと思っている。
まるで金魚を飲み込んだみたいに鳥肌が立って、「死ねる」っていう気持ちらしい。
そんな彼女は今、好きでもないジンライムを飲んでる。
要するに酔いたいんだと思う。
Barには他にお客さんがいなくて、彼女とは長い付き合いの白ヒゲを伸ばしたマスターは、静かにグラスを拭いている。
流れるmusicは多分、あれは、多分jazz。
決して陽気じゃないけれど雰囲気は悪くない。
むしろ、最高に近い。
今、一体、何杯目なのか、彼女は分かっていないだろう。
分かっているのは自分がこの町に住む女だってことくらいだろうね。
彼女は昔からこの町に住んでいる。
小さい頃からサンドウィッチが大好きで、そのことになると、落としてしまったcandyのことも忘れてしまうくらいさ。
次第に密かなdreamを持つようになって、10年生きたくらいにnational languageの授業で発表した作文、「将来の夢」はもちろん「パン屋さんになりたい」だったわけだ。
だけどそんなもん、簡単に忘れてしまって、fourteen。
クラリネットみたいなヤツに夢中になったかと思うと、好きな男に、昔よく作っていたサンドウィッチを差し入れる。
効果があったのか、その男は彼女の初めての彼氏となるわけだ。
そいつとは初キスも済ませてしまうんだけど、あっさり別れてしまうのさ。
そして、seventeen。
彼女はよく、あのドングリの木がある丘へよく通うようになった。
そこへサンドウィッチを持っていって、昔はあんなに嫌いだった読書をする。
そういう時間が彼女を楽しくさせた。
新しい恋もしていて、その彼が好きだという本をわざわざ買って読む始末さ。
これだからhumanは。
そして、彼女は勤めるようになって、詰まらない、刺激のない、夢のない、生活が始まるわけさ。
いや、本当は、そんなことないんだぜ?
ただ、彼女がそういう日常を作り上げてしまっただけだ。
だから、頭の悪い男に抱かれるわけさ。
まぁ、でも、そんなもんだろ、humanなんて。
だけどな、彼女、悪い娘じゃないんだ。
うん。
決して悪い娘じゃない。
ただ、忘れちゃっただけなんだ。
だから、そろそろ思い出させてあげようと思うわけだけど。
そのあとは全部、彼女次第さ。
逃げ場なんてどこにも無いんだから、この小さい町には。

 

g

好きでもないジンライムを、何杯飲んだかなんてちっとも覚えていない。
思い出せるのは、なんだか昔の事ばかり。
そう。
もう、本当に昔のこと…。
年を取ったのかしら。
そう思ってみても、そんな気もしない。
確かに年齢は積み重ねたけれど、お酒を飲めるようになったのは、ついこの間のように思える。

どれくらいの時間を遣ったのだろう。
その中のどれくらいの時間を思い出せるのだろう。
どれくらいの時間を思い出せないのだろう。
どれくらいの時間を一人で過ごしたのだろう。
どれくらいの時間を一人で過ごさなかったのだろう。

どのくらいの時間が、私の前から逝ってしまったのだろう。

思考がふわふわしだしたところで、マスターにジンライムのお代わりを注文する。
ちっとも酔っていない振りをしながら。
マスターは頷くだけで静かに作業に取りかかる。
気持ちが良かった。
過去や未来や恋や彼や彼女、悲しみや喜びや切なさ、それら全てがふわふわと頭の中を漂っていて、私はそのふわふわに全てを預ければいいだけ。
気持ちの良い時間。
カウンターのテーブルに肘をついて、掌であごを受け止める。
ふわふわが詰まった重たい頭を手に預ける。
そうやって、私はジンライムを作るマスターを見たり、マスターの背後に沢山並んでいるお酒の瓶を見たりしていた。
そこで、見付けた。
バーの天井の隅。
何かがぶら下がっている。
私は、お酒のせいで少し霞んだ目を細めて、それを見る。
黒い、何か。
ぐっと、目を凝らす。
私は小さく呟いた。
「コウモリ?」
そう言ってから、その言葉と状況に私はデジャブのようなものを感じた。
確か昔にも同じようなことが…。
思い出せそうになったとき、マスターがジンライムを差し出してくれた。
私はお礼を言ってから受けとり、もう一度、天井の隅を見てみたけれど、コウモリらしいきものはいなかった。
そりゃそうね。
バーの中にコウモリなんかいるわけがない。
私は、「酔っているんだ」と思うことにして、ジンライムを口に含んだ。
やっぱり、好きじゃない味。
でも、私の好きな味ってなんだろうか。
ふわふわした思考が伸びていく。
好きな味というか、そもそも、好きなものってなんだっけ、私の、好きな…。
サンドウィッチ?
そうそう。
サンドウィッチが好きだった。
しばらく、食べてないな。
以前は毎日食べていたのに。
昔からやっている、あのパン屋。
おばちゃんが店を閉めたのは1年くらい前。
「息子んとこに行くんだよ」って、嬉しさと寂しさが混ざった笑顔をして、おばちゃんは都会へ行った。
あのパン屋さんは、空き店舗になっている。

私の小さい頃の夢はずっと、「パン屋さんになる」ことで、研究と称して、パンを作る練習をしていた。
といっても、サンドウィッチばかり。
だけど、あれは楽しかった。
しばらくサンドウィッチなんて作ってないけれど、今度また作ってみようかな。
そして、もし、おいしかったら…。
おばちゃんに連絡して、あの空き店舗でサンドウィッチ屋さんをやりたいな。

ふわふわな思考を巡らせていると、マスターが私の目の前に白くて丸いお皿を差し出した。
その上には焼いた食パンを使ったサンドウィッチが乗っていた。
三角に二等分してある。
私はマスターの顔を見る。
何も言わずに頷くだけのマスター。
私は、ありがたく、そのお皿を受け取った。
サンドウィッチには、形が崩れないように、プラスチックの楊枝みたい棒が刺してある。
その持ち手の部分が何かのモチーフになっていた。
なんだろう?
私は顔を近付けてそれを見た。
そして、思わず声に出した。
「コウモリ?」

 

 

おわり

『ある町のgirls』-7-
2014.9.8


In Love: Deluxe Edition


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ある町のgirls 7
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