『ある町のgirls』

5

 

b

lunch timeが唯一の楽しみなのさ。
だからほら、あの娘ったら嬉しそうだろ。
仕事中にあの笑顔は見せないもの。
今日は曇り空だってのに、頬が緩んでいる。
lunch timeだからさ。
彼女のお気に入りのlunch timeの過ごし方といえば、いつもお馴染みのパン屋でサンドウィッチを買うところから始まる。
それから、少しばかり海の見える公園に行ってブランコに座る。
そのまま、紙袋に入っている、瓶詰めのコーヒー牛乳を取り出して、それを飲み干してしまう。
空になった瓶は、地面において、次に袋から出すのはサンドウィッチだ。
挟まっている具はその時によって違う。
彼女はその変化を楽しみとしていて、「おいしそう」と思ってから、むしゃむしゃとサンドウィッチを食べる。
サンドウィッチをぺろりと食べたあとは、紙袋から二本目のコーヒー牛乳を取り出して、ゆったり飲むのさ。
建ち並ぶ家々の奥に、少し顔を覗かせる海を見ながら。
ブランコに揺られて。
潮風にゆらゆら乗るカモメを目で追う。
そんな感じで、残りのlunch timeを過ごす。
だけど、本当は彼女、もう少し高い場所にある丘でこの時間を過ごしたいのさ。
大きなどんぐりの木がある、丘。
でも、そこまで行っていたらlunch timeがあっという間に終わってしまう。
だから仕方なく、彼女は少ししか海の見えないこの公園で我慢しているのさ。
その我慢が「働く」ってことなんだろう?
いや、もっと大きく言えば、「生きる」ってことなんだろ?
彼女も口にはしないが、そう思っている。
分かっているんだ。
それで、懐かしむというわけさ。
もう少し、我慢をしていなかった頃のことを。
曇り空を漂うカモメみたいに、ゆらゆらしていても良かった、あの頃のことを。
ひとしきり思いを馳せたあとで、残り少なくなった、コーヒー牛乳を一気に飲み干す。
甘い液体はあっという間に喉を通って、彼女の中に消えていった。
彼女は空き瓶やらが入った紙袋を持って、ブランコから降りると海側に歩く。
歩いたからって、小さい公園さ。
海が近くなるわけじゃない。
相変わらず、家々の奥に少しばかり顔を覗かせる程度だ。
しばらく海を見ていた彼女だけど、不意に身を翻した。
海に背を向けて立つ。
彼女の目線は上の方を見ている。
多分、あれだろう。
海がよく見える、大きなドングリの木がある丘を見ているんだろう。
それで、「このまま午後の仕事をサボってしまおうか」と、彼女はそう思っているに違いない。
でも、そんなことできないんだ。
ここは小さい町さ。
そんなことしたら、たちまち噂が広がってしまう。
友達にも、両親にもバレてしまうだろう。
そんなもの気にしなきゃいいのに。
でも、それがhuman。
彼女はため息を一つ吐いて、仕事に戻るしかないのさ。

 

g

お昼が唯一の楽しみだった。
12時になると、机の上を綺麗に片付けて、財布だけを手にして職場を出る。
みんな、何人かで連れ立って、近くにある定食屋や、新しくできたファミリーレストランに行ったりする。
私は、そこには行かない。
毎週火曜日以外は、いつも同じ場所に行く。
職場から、少し離れたパン屋さん。
お昼時にそこに行くと、おばちゃんがすでに、私の分を用意をしていてくれる。
それくらい通っているというわけだ。

三角布を頭に当てて、笑顔が素敵なおばちゃん。
確かもう、80歳近いけれど、私が小さいときから少しも変わらない。
ずっと昔からあるパン屋さんと、ずっと昔から変わらないおばちゃん。
私はいつもそこで、お昼ご飯を買っていく。
火曜日はお店の定休日だから、行きたくても行けない。
「本当は休みたくないんだけどね。あなたのためにも」
おばちゃんは笑いながら言ってくれるけれど、私は「休んでよ、私ですら土日の二日間も休むんだから」と返す。

おばちゃんがいつも用意してくれるサンドウィッチは、毎日、挟んである具が違う。
メニューには無いものも作ってくれる時もある。
その特別な気遣いをしてもらうことに、少し罪悪感があって、ビン詰めのコーヒー牛乳を二本買う。
本当は一本で十分なんだけれど。
そんな私におばちゃんは、「そんなに飲んだら大きくなるわぁ!」と言う。
「さすがにもう、身体は成長しないよ」と笑ったあとで思う。
「精神的にも成長してないけれどね」って。

おばちゃんのところで買ったサンドウィッチとコーヒー牛乳を持って、少しだけ海が見える公園に行く。
そこで昼食を取るのが日課になっている。
本当は、ドングリの木の丘で食べたいけれど、あそこまで行っていたらお昼の時間が終わっちゃう。
だからしかたなく、この公園で我慢している。
ブランコしかないこの公園にはいつも人がいなくて、ゆっくりとできた。
今日は曇り空だけれど、そんなの関係なしに海の上を飛ぶカモメは気持ち良さそうで、それを見ながら食べるサンドウィッチはおいしい。
この時間がずっと続けば良いのに。
私は、ほんの数年前のことを思い出す。
まだ、20歳を越える前のことで、制服を着ていた。
何でもできる気がしたし、何にでも泣けて、何にでも笑えた。
その時間が終わりを告げるとき、本当に悲しんで、町を出ていく友達と泣いて抱き合った。
好きだった彼も、都会の大学に行ってしまった。
私は、この町に残った。
大学や専門学校に行かなかったのは、家にお金が無かったから。
とても単純な理由。
だから、就職をして働いた。
おじさんとおばさんばかりの職場。
若い人もいるけれど、知った顔だし、面白くない。
夢とか何かあればいいのに。

私は残っているコーヒー牛乳を一気に飲み干すと、ブランコから立ち上がった。
そのまま正面に向かって歩く。
公園は少し高台にあるから、海側には網状の柵が作られていて、向こう側に落ちないようになっている。
その柵のすぐ前に立って、家々の奥に見える海を眺めた。
カモメは相変わらず、ゆらゆらと風に吹かれている。
あのカモメには、夢とかあるんだろうか。
どうだろ。
どちらにしろ、私なんかよりは楽しそう。
私は不意に身を翻した。
目線を上げれば、あのドングリの木がある丘が見えた。
午後の仕事をサボって、あそこに行きたいな。
それで、ゆっくりお昼寝でもしたい。
でも、それは無理。
短いため息を吐きながら目線を下げる。
その時、ブランコの鉄柱に何かがぶら下がっていることに気付いた。
なんだろう?
私は目を凝らす。
時折、動いている。
小さくて、黒い…。
私はなんとなく思い当たって呟いた。
「コウモリ?」

 

 

つづく

『ある町のgirls』-5-
2014.8.30


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ある町のgirls 5
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