『残暑よ、何処へ。』
3
海へ来たが、彼女はいなかった。
そりゃそうだ。
だって、友人が彼女を見たのは、一昨日の話なんだもの。
逆に、彼女がまだ海にいたのであれば、それはそれで問題だ。
だがしかし、弱った。
僕はどうやって、彼女を探したら良い?
その辺のやつらに声を掛けて、彼女の写真でも見せるか?
いや、僕は彼女の写真なんて持ち合わせていない。
ダメだ…。
このままでは、本当に秋が来ちゃう。
夏の余韻がないままで、秋が来ちゃう。
彼女と出会わないまま秋が来るなんてことは、あってはならん!
僕はその想いを胸に自分を奮い立たせた。
彼女がいないことが分かりながらも、海水浴客のほとんどいない海岸を練り歩いた。
もしかしたら、今日も彼女はここに来ているかもしれない。
夏の終わりを見届けに来ているかもしれない!
かもしれない論を頭の中でぐるぐるしながら彼女を探した。
しかし、いない。
見当たらない。
全っ然、見当たらないよ!
もしかして、見落としているのだろうか。
彼女とは一年振りだから、去年とは違っているのかもしれない。
いや、でも、友人は言っていた。
「短い髪の毛と、短いスカート」
それはもう、僕が知っている彼女と一致する。
間違いがない。
初めて彼女に出会ったときから、彼女はその姿だ。
彼女の姿を頭に思い浮かべる。
おや。
海岸に漂う秋の空気のせいだろうか。
僕は海にユラユラと漂うクラゲ共を眺めながら、彼女と出会った時のことを思い出してしまう。
僕が彼女に出会ったのはもう何年か前の夏の終わりだ。
その夏はもう悲惨極まりなかった。
まだ学生だった僕は、学生だというのにちっとも夏を満喫できずに、終わりを迎えようとしていたのだ。
友人は、一人しかいなかったが、そいつは夏をこの上なく楽しんでいて、僕はそれを恨めしく見ていた。
「全然羨ましくないがな!」とか言いながらも、本当のところは羨ましかった。
羨ましいに決まっている。
僕はもう論文にしたいくらいの、いや、実際「書いてみろ!」と言われたら二文字も書けはしないが、だがしかし、それくらいの気持ちと熱意で、彼が羨ましく、そして、彼ばかりが引っ張り凧なのが謎だった。
「明日は河原でバーベキューなのさ。肉だよ、肉。最高だろ?」
「明日は片田舎で夏フェスなのさ。音楽だよ、音楽。最高だろ?」
「明日は女の子たちと海水浴なのさ。水着だよ、水着。最高だろ?」
「明日は女の子たちとプールなのさ。また水着だよ、水着。最高だろ?」
「明日は片田舎の海で女の子たちとバーベキューパーティーなのさ。肉だよ、音楽だよ、またまた水着だよ。最高だろ?」
そんな風に、唯一の友人である彼が本当に楽しそうにしている姿を目の当たりにして、「人生とは一体なんなのだろうか」という哲学の道へ足を踏み入れかけた。
だから、家を飛び出した。
散歩した。
アイスを食べた。
気晴らしをしていのだ。
そしたら途中で夕立の雷雨に襲われた。
あの時は、さすがに泣きそうであった。
いや、泣いていたやも知れぬ。
とにかく、そんな悲惨な姿を誰にも見られまいと、八幡さまという神社まで濡れながら歩いた。
手水場にて雨宿りをしながら、僕はヒグラシの鳴き声を聞いた。
あぁ、もう夕方か。
というか、夏も終わりだな。
そう思った時である。
雨の中を駆けてくる髪の短い女の子がいるではないか!
その子はあろうことか、僕がいる手水場に向かってきているらしい。
おいおいおい。
そう思っていたのも束の間である。
彼女は、手水場に駆け込んできて、雨宿りしている僕の隣に並んだのである。
思わず、僕が距離を置いたくらいだ。
そこまで思い出したときに、ケータイが鳴った。
学生の頃、僕の夏を惨めにした唯一の友人である、フリーターのあいつだ。
電話に出る。
「あ、出た出た!良かったよ!さっきさ、彼女を見掛けたらすぐに連絡しろって言ってたからさ、連絡したんだよね。あのー、見たよ。うん、見た。八幡さんの神社でさ。あれは間違いなく彼女だね。なんせ、なんせさ、短い髪で短いスカートだったもの。どこからどうみても、ありゃ、彼女だね。ただ、問題は、それは、昨日の出来事だってことなんだな」
昨日だと?
なぜさっき会った時に言わなかったんだ!
僕はすぐに電話を切ってやった。
そして、八幡さまへ駆け出した。
つづく
『残暑よ、何処へ。』-3-
2014.10.2
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