『残暑よ、何処へ。』

 

8

「ハローこんにちは」
なんて言う元気はありません。
なぜなら、ついに、夏の終わりを確認してしまったからです。
そういう訳で、私は河原から退散します。
ここにいても、夏の終わりを告げる要素ばかりが転がっていて、それは、私に絶望しか与えないのです。

私はとぼとぼと川を背にして歩き始めました。
空が赤く染まっています。
いつの間にか夕焼け空でした。
私は自分の役割へのわずかな抵抗として、口を割りました。
「出番は明日からにします。もう日暮れですから」と誰にともなく決意を表明したのです。
そして心の中では「明日も午後まで寝過ごしてやるべし」と企むのでした。
多分、悪い顔をしていたでしょう。
「お主も悪よのぉ」と言われてもおかしくないくらい、悪い顔をしていたことでしょう。
そんな顔をしていたときに、誰かが来たのです。
この河原へと続く一本道を走ってきたのです。
目を凝らせば、男の人でした。
どこかで見た顔です。
はて?
どこかでお見受けしましたでしょうか?
私はちらりとそんなことを思うのです。
その人は満面の笑みで私に駆け寄ってくるのです。
それだけならまだしも、「やっと見付けたよ」と言葉を漏らしています。
私はそこで、「気持ちが悪い!地獄へ落ちろ!」なんて思わなかったのです。
むしろ、なんだか会えて嬉しかったのです。
なぜでしょう?
普通なら気持ちが悪くてこの上ないのに嬉しいなんて、なぜなんでしょう?
その原因は彼にありました。
彼、とても汗をかいていたのです。
走ってきたからでしょうか?
とにかく、私はそれを見て思ったのです。
「夏は終わりではないんだ。まだまだ汗かき坊やがいるんだ」と。
すると、メラメラとやる気が出てきたのです。
思わず、声を上げていました。
「夏はまだ終わっていないのです!ということは、まだ私の出番ではないのです!」
その言葉になぜか目の前の彼も「そう!まだ夏は終わってなんかいない!というか、終わっては困る!」と嬉しそうに叫んだのです。
ですから、私は誘いました。
彼を。
「あら、それは丁度良いです!一緒に夏の終わりを先伸ばしにしませんか?」

 

 

私と彼は海の近くの駄菓子屋さんにいました。
アイスキャンデーを食べながら、残りの夏を謳歌していたのです。
すると、そこにあまり仲の良くない友人がフラフラとやってきたのです。
「おやおや、ご機嫌だね、お二人さん。こっちは季節外れの暑さで参っているというのに」
「当たり前です。夏はまだ終わっていないのですから」と私が言おうとした時でした。
私の隣にいた彼が言ったのです。
「当たり前だ!夏は終わっていないのだからな!」
あら。
彼もこの人とと知り合いだったのですね。
私は彼の言葉に「そうです!」と相づちを打ちながら、世間とは狭いものだなと思いました。
すると、あまり仲の良くない友人が私に言いました。
「いやいや、夏は終わってるさ。こりゃ、所謂、残暑だね。君は知らずにご活躍というわけだ。まぁ、知らないうちに楽しく活躍できればそれに越したことはないんだしさ、毎年毎年、彼に感謝しなくてはならないね、君」
私は、彼がなんの事を言っているのか、さっぱり分かりませんでした。
だって、私は未だに出番を先伸ばしにしているのですもの。
活躍などしていないのですもの。
私が黙っていると、あまり仲の良くない友達は「そろそろ僕の出番かと思って、予行演習をしていたけれど、まだまだ先になりそうだね、これは」と言って去っていきました。
彼の出番とは一体なんでしょうか?
私は彼の背中を見送りながら考えましたが、答えは藪の中。
答え探しを早々に諦めた私は、溶け始めているアイスキャンデーをペロリと舐めました。
そしてふと、隣にいる彼を見ます。
彼も私を見ていました。
私は尋ねます。
「何でしょうか?」
彼は答えます。
「いや、大した事ではないのだけれど、その、君の頭に秋が落ちてこないように見張っていたのさ。…すぐにさよならになってしまわないようにね。この時間を手に入れるまで随分苦労したのだから」
これまた何のことだか分からないので、私は「そうですか。それはありがとうございます」とだけ言って、またペロリとアイスキャンデーを舐めました。
そして考えます。
さて、次は何をして夏を引き伸ばしましょうか?

 

 

おわり

『残暑、何処へ。』-8-
2014.11.8


吊旗 アイスキャンデー


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残暑よ、何処へ。 8