『残暑よ、何処へ。』

 

5

僕は八幡さまに向かいながら思う。
どうせ彼女はもうその場所にはいない。
だって、友人が彼女を見掛けたのは昨日のことなのだから。
では、なぜ、僕は走るのか。
それは、彼女に会いたいからだ。
なぜ会いたいのか。
彼女と会って、夏にできなかったことをするのだ。
海水浴、水着、BBQ、花火、などなどである。
そう、僕は毎年、夏真っ盛りの頃には夏らしいことなんて何もできないのだ。
学生の頃と変わらず、友人がアイツ一人しかいないからだ。
そして、その友人は学生の頃と変わらず、夏真っ盛りの間は引っ張り凧なのだ。
僕は、一人で夏の時期をやり過ごす。
だがしかし、彼女と出会ってからはどうだろうか!
突然の雨に打たれて泣いていた、あの日!
八幡さまの手水場で彼女と出会ったあの日!
あの日を境に、僕は夏が過ぎ去っても夏を楽しむことができるようになったのだ!
全ては彼女のおかげだ。
人は、その現象を残暑と言う。
しかし、そんなことは、どうでもいいのだ。
そう、名前などどうでもいい。
ここで大事なのは彼女の名前なんてことではなく、僕と彼女の関係であり、とにかく僕は今年も彼女に救われたいのだ。
失われた夏を唯一取り戻せるチャンスなのだ。
あぁ、彼女よ、何処へ!!

八幡さまを覆う、雑木林が見えてきた。
僕は、走るスピードを上げた。
雑木林に囲まれた参道をスタタタタと駆け抜ける。
そして、開けた場所へ。
そこは境内。
誰もいない。
ふと、視界に、あの手水場が目に入った。
彼女と初めて出会ったあの、手水場だ。
それを見ていたら、思い出にトリップ。
彼女と出会ったあの日に、トリップ。

 

突然降りだした雨から逃げるように、僕は泣きながら八幡さまへ駆け込み、手水場で雨宿りをしていた。
そこに颯爽と走り込んできて、僕の隣に並んだのが彼女だ。
僕は思わず彼女と距離を置くように横にずれた。
彼女は、短い髪の毛から雨水を滴らせて、真っ直ぐな視線で激しく降る雨に濡れる八幡さまを見ていた。
僕はその彼女を真っ直ぐな視線で見ていた。
そしたら、急にこちらを向く彼女。
それは、僕に視線を逸らす余裕を与えない急さだった。
「何でずっとこっち見てるんですか?気持ち悪いんですけど」とでも言われるかと思ったが、そうではなかった。
彼女は嬉しそうにこう言ったのだ。
「この雷雨、まだまだ夏の終わりは先ですね」
僕はしばらく反応できずにいたが、すぐに同意してから興奮気味に言った。
「そうですね…。そう…そうとも!まだ終わってもらっては困る!夏らしいことを何一つできていないのだから!」
「あら、それは丁度良いです!一緒に夏の終わりを先伸ばしにしませんか?」
それは、鼻血が出そうな程、夢のような言葉だった。
初めて誘われたのだ。
初めての、夏を楽しむためのお誘い。
「もちろん!」
僕は力を込めて返事をした。
それから僕と彼女は、夏の遊びを満喫した。
BBQや海や水着や花火などで大いに盛り上がった。
これは夢ではないだろうか。
僕はそう疑っては、何度も自分の頬をつねった。
しかしながら、痛い。
ということは、夢ではない。
夢ではない時間だったが、夢のように終わりを迎えた。
それは、ちょうど彼女と川辺で遊んでいるときで、ヒグラシの鳴き声が響いていた。
彼女の頭の上に黄色く染まった落ち葉がふわりと舞い降りたのだ。
彼女はそれに気付いて、人差し指と親指で摘まみ取った。
そして、それを見ながら嬉しそうに言ったのだ。
「あ。秋が来ましたね!私、もう、行きますね!」

 

そうである!
秋が来てしまえば、彼女は行ってしまうのだ!
急いで彼女を探さなくては!
僕は大事な事を思い出して、誰もいない八幡さまを見回した。
やはり彼女はいないのである。
あー。
どうしたもんか。
途方に暮れかけたそのときである。
ケータイが鳴った。
表示を見ると、唯一の友人のあいつである。
「あ、もしもし、今回はさ、マジで、見掛けてんよ。見かけたというより話したよ。うん、ちゃんと、今さっきの出来事さ。川の方へ行くと言ってたな」
なぜ、お前が易々と彼女と会えるのだ!
僕は焼き餅を焦がしたので、礼も言わず電話を切ってやった。
そして、走った。
川の方へ走った。

 

 

つづく

『残暑よ、何処へ。』-1-
2014.10.9


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残暑よ、何処へ。 5