『残暑よ、何処へ。』

 

7

終わっては困る。
終わっては困る。
終わっては困る。
夏が終わってしまっては困る!!
僕は頭の中でそう呟きながら河原へ急いだ。
彼女が、迫り来る秋の風にふぅっと吹かれてしまう前になんとかしなくてはならない。
しかしもう、へとへとで走ることができなかった。
今日は彼女を探して走ってばかりだったからだ。
日暮れも間近だ。
このまま「走れなかったから」という理由で彼女に会えないというのは、しょーもない。
だから僕は早く歩いた。
俗に言う、早歩きというやつだ。
今ある体力を全て注ぎ込むつもりで、ふりふりと早歩きをした。
一歩、また一歩と河原へ近づくにつれて道幅が狭くなる。
今や軽自動車一代分くらいの道幅だ。
そんなところで、後ろから「チリンチリン」と自転車のベルの音がした。
僕は自転車を先に行かせようと思って、左側へ寄った。
早歩きは止めていない。
しかし自転車は先に行かず、僕と並んだ。
なんだろうか。
僕は急いでいるのだ。
チラリと横目で右側の自転車を見る。
そこには、「よっ!」と片手を挙げた友人が一人。
僕より少しばかり月給が良くて、僕より少しばかりモテるくらいの、彼だ。
「ご苦労さんだね、早歩き。それにしても、急がないとね。彼女が涼しい風に吹かれて消えてしまうよ」
分かっている。
そんなことは分かっているのだ!
「そう思うなら、その自転車を貸してくれよ!」
僕はイライラしながら言った。
「それはできんよ、君。何を隠そう、この僕が、涼しい風をはこぶ北風小僧なのだから」
彼は「ふふふふ」と笑っていた。
何言ってるんだこいつは。
イライラしてる僕に彼は言い放った。
「毎年、夏をたっぷりと堪能したあとにね、心置きなくびゅんびゅんさせるのさ。特にね、彼女の出番が無いときは、やりやすい。実に愉快にびゅんびゅんだぜぃ」
「意味が分からん!」
僕は声を荒げた。
しかしそれを無視して彼は言う。
「お先でごわす!」
そして、ゆらゆらと自転車を走らせて行ってしまった。
なんなんだ!
あいつは一体何がしたいんだ!
いつだって僕を馬鹿にしたような態度を取りやがって!
ちきしょう!
僕のイライラは最大になっていた。
しかし、そのお陰で疲れを忘れられた僕は、早歩きなんていう女々しいことは止めて走った。
声を上げて走った。
アドレナリンが、大放出だ。
しかし、普段叫び慣れていない僕は、「うあーう!」とダサい小声を上げるにとどまった。

すぐに、イライラの元凶に追い付いた。
僕の足音が聞こえていないのか、ゆらゆらと自転車を漕いでる。
僕は、大声で「チリンチリン!!」と言って、無理矢理自転車を追い抜いてやった。
すると、背中越しに「そうそう!それさ!それ!追い掛ける側ってのは、そうでなくちゃならんよ!」と彼の声が聞こえた。
何を偉そうに!
僕はますますイライラして、これまでの人生で一番のダッシュを披露した。
「風になった」とは、よく言うが、きっと僕のこの状況のことであるに違いない。
河原までもう少しだ。
待っていてくれ…。
待っていてくれ!!
僕の、やり残した夏よ!

 

 

つづく

『残暑、何処へ。』-7-
2014.10.28


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残暑よ、何処へ。 7