「で、どうする?」的なニュアンスで終わる短いものがたり。

 

1ー2

「どや顔」の練習をしていた。
俺はまだ、便所から出れないでいる。

水遁の術を使うことが出来ないと悟ってから、俺は、悪足掻きをするのを止めた。
しばらくは、開閉が続く玄関のドアの音の数を数えていた。
50を越えたところで、ビビって止めた。
一体、何人がこの家に入ってくるのだ。
出たり入ったりの÷2だとしても25人だ。
しかし、一階から聞こえてくる声も、騒がしくなる一方である。
確実に家にいる人間の数は増えている。
もはや、警察隊に包囲されているのではないか?
鼓動が早くなる。
見付かるのは時間の問題だ。
というか、まだ見付かっていないのが不思議なくらいだ。
悪運が強いとはこのことか。
しかし、発見されたときの事を考えておくべきである。
現状に怯えるよりも、大事なのは、未来を見据えた行動であり、人生はそれによって少なからず、左右されるものである。
その行動は、影も形もない忍術よりもよっぽど信頼できる。
とりあえず「見付かったときに、有名なドロボーとして、いかに堂々としていられるか」という事に照準を絞って考えを巡らせた。
それで、暗闇の中の「どや顔」練習である。
我ながら、本物の忍者顔負けの冷静さだ。

 

すでに、普段動かすことの無い顔の筋肉は、疲れ始めていた。
もう、止めてしまおうかと思ったとき、二階への階段を上がってくる音がした。
反射的に便器から立ち上がる。
急な緊張が身体を支配する。
お腹が痛くなる。
ここは、便所だから、すぐに出せるけど、その時に見付かったらどうしようもない。
こちらに向かって歩く音が近付いてくる。
嫌な汗が出てくる。
ドアの前で足音が止まる。
終わりだ。
しかし、格好良く終わりを迎えるために、必死に「どや顔」を作る。
ドアノブがガチャガチャと音をたてる。
そして、悪運尽きる。
ガチャり。
こちら側からでは、どうにもならなかったはずのロックが解除された。
そして、ゆっくりドアが開いた。

こんな時にも、神様は人の人生を弄ぶことを忘れない。

 

開いたドアの先に立っていたのは、赤い忍者服を纏った人であった。
自分と同じ服装を目の前にして、分かったことがある。
俺は、顔を頭巾で覆ってるから、どんなに完璧な「どや顔」をしたって相手に伝わらないじゃないかと。

 

 

「で、どうする?」的なニュアンスで終わる短いものがたり
2012.7.13


ねこだらけ トレビアン (モーニングKC)

「で、どうする?」的なニュアンスで終わる短いものがたり6