『ノリたい!!』

 

6 好青年

僕は彼女に会えるのを狙って、自分の教習の日ではないのに教習所にいた。
偶然の出会いというものは、相手を非日常的な感覚へ誘う。
いつもペースを乱さない彼女だって、多少なりとも動揺するに違いない。
そこに漬け込みたい。
そしてそのままカフェへと、もつれ込みたい。

僕は受付フロアの長椅子に腰掛けながら、午後一番の教習を終えたばかりの人たちの中に彼女を探した。
こういうとき、彼女は探しやすい。
「赤いコートの娘」という安易な呼ばれ方をするほどだ。
赤いコートを着ているか、もしくは、手荷物として持っている。
つまり、「赤」を意識して探せばいいのだ。
だが、その時間に彼女を見つけることはできなかった。
もしかしたら、見逃したか。
彼女がいくら「赤いコートの娘」という安易な呼ばれ方をするほど、赤いコートを着ているとはいえ、たまには赤いコートを着ない日もあるだろう。
だとしたら、「赤」を目印に探しても探せない。
いや、そもそも赤を目印にしなくても、可愛い彼女を見逃すはずがないのだ、この僕が。
それなのに見つけられなかったということは、この時間にはいなかったのだろう。
まぁ、何時の教習を受けるか聞いていないわけだから、当然こういう結果もありえる。
気が抜けた僕はぐーっと伸びをした。
眠たくなる。
しかし、眠るわけにもいかない。
僕は長椅子から立ち上がると、 自販機に向かった。
コーヒーでも飲んで、眠気を覚まそう。
そして、彼女との今後を考えよう。

自販機コーナーに行くと、男がうなだれていた。
誰がどう見ても、それは「うなだれ」である。
こんな綺麗なうなだれ、なかなか出来たもんじゃない。
彼は多分、うなだれ名人に違いない。
そう思ったとき、閃いた。
これは、多分、僕に与えられたチャンスだ。
明後日、「相談にのるための免許」の仮免試験がある。
今ここで、練習してみてはどうだろうか。
分かっている。
自分の立場なら分かっている。
まだ仮免も持っていない分際だ。
上手くいかない可能性はある。
しかし、何事もチャレンジだ。
全ては、彼女との輝かしい今後のために!

「実は、その、調子に乗るための免許を取ろうと思っていたのですが、この教習所では、取れないみたいで…」
僕の「悩みがあるなら、聞くよ」という言葉に、彼は、いかにも冴えない人生を送っていそうな顔でそう答えた。
僕より少しばかり若いくらいだろうか。
それにしても、大した相談ではない。
拍子抜けだ。
退屈だ。
だけど、その感情を顔に出してはいけない。
相談というものは、相手に安心してもらってこそ上手に乗れるのだ。
僕はやりすぎない笑顔で「取れますよ、この教習所で」と言ってあげる。
彼は短く「え?」と言って僕を真っ直ぐに見た。
その目には希望が宿っていた。
多分、神様はいつもこのような目で見られているのだろう。
僕は柔らかい口調で伝える。
「夜の10時にもう1度、この教習所に来ると良いよ」
僕はそれだけ伝えると、コーヒーを買わずにその場を後にした。
あんなに冴えない人生を送っていそうなヤツと一緒にいたら、こっちまで冴えない人生になりそうだから。

 

つづく

『ノリたい!!』-6-


Pen (ペン) 2014年 10/15号 [おいしいコーヒー]


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test003

ノリたい!! 6
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