「僕の町」
10
それからしばらく、ユリタニさんとは会わなかった。
彼女はLuLuに来なかったし、僕も彼女の働くレストランに行かなかった。
僕はパトロールで忙しいんだよ、君。
でも、彼女のことを考えない日はなかった。
僕はサキタさんのことを好きだと思っていたけれど、ユリタニさんに対する想いとは別のものだということが分かった。
サキタさんは兄の恋人で、家族のようなもので、甘えられる女の人だったんだ。
ママがぐるぐるキャンディに取り憑かれてから、サキタさんは僕の中でそういう存在だったんだ。
そんなことを思った。
これはすごい発見だと思ったから、思わず電線に止まる鳥に話した。
だけど「そんなことよりも早く電柱の傾きを直してくれなきゃ困るよ」と言われたから、僕はいっしょうけんめい電柱を押した。
君は知らないだろうから、教えてあげるけれど、僕は恋をしててもパトロールは真面目にするのさ。
でも、考えているのはユリタニさんのことばかりだよ、君。
電柱の傾きを直したあとは、いつも通りショッピングセンターに行った。
そして消火栓を見付けては、「寂しがり屋はいないかい?」と聞いた。
消火栓は「異常なし!!」と言った。
今日も平和だと思った。
でも、これは油断だったんだよ、君。
館内を回って2周目だった。
いつもと同じように「寂しがり屋はいないかい?」と聞いた。
するとその消火栓は「4階おもちゃ売り場に一名発見!大至急現場へ急行!」と言った。
僕はそれを聞くなり、慌てて4階のおもちゃ売り場へ向かった。
君は知らないだろうから、教えてあげるけれど、僕は消火栓と協力をして迷子を探しているのさ。
そして、寂しくないようにしてあげるんだよ、君。
迷子はとても怖いことだろう?
4階に行くと、誰かを探すように歩いている男の子を見付けた。
その子はよく見れば、この間僕が電柱の傾きを直していた時に、ママと歩いていた男の子だ。
4歳くらいだろうか。
男の子も僕に気付いた。
「あっ、電柱押してた人だ!」と僕の方を指差して言った。
子供は記憶力が良い。
僕は彼のとこに歩いていった。
でも、喋れないから「ママとはぐれたの?」と聞くことができない。
男の子は「ねぇねぇ、何で電柱押してたの?」と僕に聞く。
それにも答えられない僕は、なんて無力なんだろうね、君。
それにしても男の子は、迷子だって言うのに寂しそうではなかった。
「ねぇ、何で電柱押してたのぉ?」
男の子は聞いてくる。
僕はうんうんと頷いた。
「それじゃあ、分からないよ」
そう言われても僕はうんうんと頷いた。
「お兄ちゃん、喋れないの?」
その質問に僕は今までで一番大きく頷いた。
「本当に?」
それにも頷くだけの僕を、男の子は不思議そうな目で僕を見ていた。
そうしてるうちに、彼のママがやって来た。
「ショウくん!!」と叫んで、彼を僕から離した。
「駄目じゃない!知らない人に付いていったら!」
「僕はずっとここにいたよ。お兄ちゃんは何も悪いことしてないよ。」
男の子はそう言ってくれた。
彼のママは僕を一瞥した。
こんな時だって、僕はただ頷くことしかできない。
「お兄ちゃん、喋れないんだって」
男の子はそう言った。
でも、ママに「行くわよ」と連れて行かれてしまった。
彼は最後に「バイバイ!」と僕に言ったけれど、すぐにママに「やめなさい」と言われていた。
ねぇ、君がここにいたら僕の言いたいことを代弁してくれたかい?
してくれるなら、親友になってほしいよ、君。
君は知らないだろうから、教えてあげるけれど、このあと僕は悲しい気持ちにならなくて済んだんだよ。
何でって?
そこにユリタニさんがいたからだよ、君。
「僕の町」 -10- 2013.1.30