「僕の町」

 

12

「紙一重なのに」
そう言って、ユリタニさんが怒った日から、僕は時々この言葉を思い出すようになった。
ママもぐるぐるキャンディに取り憑かれる前に、僕に言ってくれた言葉だ。

ねぇ、君。
僕だって知っているんだよ。
僕らは本当に紙一重だけれど、決定的に違うということを。
みんなだって知っている。
本当にちょっとの違いなんだ。
君は喋れて、僕は喋れない。
ねぇ、とてもシンプルで些細なことだけれど、とてもややこして大きなことだろう?
問題は僕らの違いじゃなくて、数なんだよ、君。
喋れない人よりも、喋れる人の方が圧倒的に多いんだ。
ユリタニさんは、コインに例えて言ってくれたけれど、投げるコインはひとつじゃないんだよ。
数えきれないくらいのコインが投げられて、ひとつひとつ、紙一重の違いがあって、それでも大多数が同じ面を表にして落ちるのさ。
僕は、その大多数に入れなかったんだよ、君。
だけど、ユリタニさんが言うように、それが「紙一重」だって言うのも本当だと思う。
だから僕はもうあまり落ち込むこともないし、色々なことに慣れた。
でもね、そういうことを頭では分かっていても、態度では表せない人が多い。
君は知らないだろうから、教えてあげるけれど、僕のママもそうだったのさ。
最初は分かろうとしたし、分かってくれた。
だけど、やっぱりそれは体力を使うし、精神的にも大変なんだよ、君。
ある日、ぐるぐるキャンディに取り憑かれてしまった。
それは、悲しかったし寂しかった。
でもそれはとても自然な事だ。
君もそう思うだろう?
そうだとしてもちっとも残酷な人ではないよ、君。
それが普通さ。
そう。
紙一重という、ごく小さな違いは、人間には大きすぎる。
僕はそう思うんだよ。

 

その日の朝、パトロールに行く前、兄に「話があるんだけど、今夜二人で飲みに行かないか?」と言われた。
兄の顔はなんだか恥ずかしそうにハニカミながら、緊張している。
悪い話ではないようだ。
兄と二人でお酒を飲みに行くことはなかなかない。
いつも閉店後のLuLuで済ましてしまうからだ。
だから、僕は「いいね!」と喜ぶようにうんうんと大きく頷いた。
そして僕はパトロールに行った。
ユリタニさんのことと、今夜、兄の話しとはなんだろうかと考えながら。
電柱の鳥に「今日は押しが弱いぜ」なんて言われた。
そりゃ、パトロールだって少しテキトーになるよ、君。
考えることが多すぎるのだもの。

 

 

「僕の町」  -12-  2013.2.1


ぐるぐるキャンディースプーン レッド

僕の町 12
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