あるアパートでの一件

 

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201号室の住人

ふと考えた。
例えば、子どものとき、人生はとても長いものだと思っていた。
でも、今はそう思わない。
長いようで、やっぱり短いのかもしれない。
いつ死ぬか分からない。
だから、あまり時間を無駄に使うわけにはいかないんじゃないのか。
私は、台所のテーブルに座っていた。
そこから部屋を見渡す。
窓は開け放たれていて、カーテンが風に揺れている。
外からやって来た空気に、少しだけ秋を感じる。
日差しは、夕方を伝える傾きで、オレンジに染まりつつある。
何もかもが憂いを帯びてるように思えた。
例えば、私の目の前のテーブルに散らばる熊の形をしたグミとその残骸。
数本転がってる傘。
ぐちゃぐちゃになったままのベッド。
その上にはもう使うことがないだろう、拘束具。
‥‥なんなの。
なんなの、これらは。
よく見れば、時間を無駄に使った証拠にしかならないものばかり。
ほんの数十分前まで、私は自分の住むアパートの管理人を傘で殴りまくっていた。
明日、死ぬかもしれないと言うのに。
あぁ、なんてアホなんだろう。
だから決意した。
引っ越そう。
新しい出発をすべきだ。
まずは、隣に座る後輩に言った。
「いつまでいるの?このままいる気なら、引っ越しを手伝わせるわよ?」
後輩は目をぱちくりする。
「引っ越しですか?」
「そうよ、この部屋はなんだかもう忌まわしいもの。新しい環境で新しい生活を始めるわ。」
「え、で、でも、私、先輩がこのアパートからいなくなるの嫌です。」
「大丈夫よ。だって、隣の部屋、空いてるでしょ?」
「ええ、空いてますが…。」
「じゃあ、今から202号室の住人になるわ。」

 

 

おわり

「あるアパートでの一件」-20-
2013.7.22


新生活

あるアパートでの一件 20