『頭上のライク』

 

1

仕事帰りの住宅街。
僕は歩いている。
歩いてる。
今日もゆるやかにくそだった。
朝起きて、仕事をこなして、飯食って、夕方が来て、夜が来て、「お疲れさま」。
何も始まらないし、何も終わらない。
でもだからって、死にたくなるわけでもない。
死にたくならない僕はとりあえず、ケータイを開いてSNSチェック。
いや、チェックと言うのはおかしい。
流し見だ。
内容なんて頭に入ってはこない。
「いいね」を押していく。
押しまくる。
軒並み「いいね」だ。
こうなったら、SNSの八方美人と呼ばれても過言ではない。
いや、もしかしたら目指してるのかもしれない、それを。
八方美人を。
「いやいや、目指すも何も、軒並みいいねしてる今、すでになっているだろ、それに」なんて思って、でもだけど、ヤッター!と喜ぶわけでもなく、あーあって感じでSNSのページを閉じる。
視線を上げる。
誰も歩いてない、帰り道…のはずだったんだけど、メガネをかけたおっさんが立ってた。
僕の目の前に立ってた。
思わず、歩みを止める。
おっさんは、急にニコッとして左手を胸の高さに挙げたかと思うと、親指を立てた。
それで、なんか言った。
僕は、それが聞き取れなかった。
イヤフォンが耳にはまってるから。
それを取る。
「何すか?」
僕が尋ねると、おっさんはまた親指を立てて、「いいね!」と言った。
何の話だ。
僕はよく分からなかったけど、おっさんは続けた。
「そのネクタイ、いいね!」
その時である。
僕の頭上で、チャリーン!とコインが加算されたような音がした。
僕は思わず、頭の上の方を見る。
空。
月の無い夜空しかない。
再び視線を目の前に戻す。
びっくりした。
おっさんの、頭の上に数字が浮かんでいた。
半透明の、すーじ。
なんだね、それは。
HPか?
寿命か?
あれ、HPも寿命も同じようなもんか。
じゃあ、レベルか?
いずれにしてもこのおっさん、ただ者じゃない。
だって、頭の上にある数字は1237なんだもの。
「あれ?もしかして、見える?」
黙ったままの僕に、おっさんが言った。
見える?
それは、あれか、あなたの頭の上の1237のことか?
「俺のさ、頭の上に数字、見える?」
やはり、そうなのか。
見える。
1237は見える。
僕は頷いた。
「ありゃまぁ、若いのに、すごいね。ふふ。そうだ、でも、なんの数字か分からないでしょ?」
おっさんはメガネを左手の中指でぐっと押し上げながら言った。
僕はそれにも頷く。
「じゃあさ、褒めてみてよ。俺のこと。ちょっとさ、褒めてみてよ」
何言ってんだこいつ。
ただの、変態なんだろうか。
だけど、だけど僕は気になる。
おっさんの頭の上に浮かぶ数字が何なのか。
だからとりあえず、言ってみる。
「そ、そのメガネ、良いっすね」
しーん。
無音だ。
僕の言葉に続く音は無かった。
その沈黙を破ったのはおっさん。
「あー!もう、そんなんじゃダメだよ、だって、あれでしょ?心から思ってないでしょ?とりあえず、言っとけ的なあれでしょ?それじゃあ、変わるもんも変わらんよ!」
なんだ。
全然分からない。
おっさんの言っている意味が全然分からない。
もう、逃げたいな。
でも変に逃げて、追いかけられたらもっと嫌だしな。
警察、通ってくれないかな。
そしたら泣き付くのに。
そんな事を思っている僕をよそに、おっさんは言う。
「ほら、もう一回!いいか!?心から素直に俺のことを褒めるんだよ。やってみな」
褒めろって言ったって、おっさんのどこを褒めたらいいのかさっぱりだ。
僕はおっさんをよく観察してみる。
頭は、夜でも分かるくらい禿げてる。
顔は、よくあるおっさん顔で、夜でも分かるくらい脂ぎってる。
体は、中年太り街道まっしぐらで、夜でも分かるくらい足が短い。
全然褒めるところが見当たら…はっ!!
僕は見付けてしまった。
それは、おっさんの左腕。
だらりと垂れた左腕。
さっきから、妙に左手ばかりを使うと思ったら、そういうことだったか。
薄暗い街灯に照らされた左腕のそれ。
アレは、あのディティールは間違いなく高級時計!!
僕は再びおっさん全体を確認。
こんなおっさんなのに、あの時計が巻けるなんて、こいつ、ただもんじゃない!
僕は言ってみる。
その驚きを言葉に乗せて言ってみる。
「その時計、すごいっすね!」
その時だ。
また、あの音がした。
チャリーンって、コインが加算されたような音。
「お、それそれ!」
おっさんは笑いながら言った。
それから、「ほら、見てみなよ」と言って自分の頭の上を左手で指差す。
時計が光輝く。
僕は、おっさんの頭の上を見る。
そこには、やはり数字があって…。
ん!?
増えとる!
増えとるがな!
さっきまで、1237だった数字が1238になってる!
戸惑う僕に、おっさんは言った。
左手で、メガネを押し上げながら言った。
「そーいうことなのよ」

 

 

『頭上のライク』-1-
2014.6.19


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頭上のライク 1
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