「の」から始まる短いものがたり
脳みそが、ひっくり返るかと思った。
僕は、狭い地下鉄の座席に座ってる。
それも、思いっきり内股で。
目の前には、とびっきりの美人さんが立っているけど、そんなこと、今はどうでもいい。
僕のこの、思い切りの良い内股のせいで、その美人さんにオカマだと思われてもいっこうに構わない。
背に腹は変えられない。
なぜなら、この内股を崩せば、「世界の終わり」を味わうことになるからだ。
とてつもない緊張感の中で、特有の嫌な汗が止まらない。
こういうときは、楽しいことを考えて、色々と紛らわすしかない。
しかし、すでに半分ひっくり返ってる脳ミソは、電池切れのケータイ並みに役に立たない。
「楽しいことを考えなきゃ!!」というワードがぐるぐる走り回っては、頭蓋骨内側にぶつかるだけだ。
それは、分かってる。
分かってるのだよ。脳ミソくん。
どうか、その先を考えてくれないか?
僕には、時間が無いんだ。
そんな憤慨も虚しく、楽しいことは思い付かないし、電車はまだ次の駅に着かない。
内股の足が限りなく180度に近付いた頃には、絶望を抱えながらも僕は、とても落ち着いていた。
嫌な汗もいつの間にか引いていた。
この状況で、こんなにも冷静になれるものなのかと驚いた。
今なら、国益が掛かった重大事項の判断すら、「僕にお任せあれ」と言ってしまえるくらい冷静だった。
しかし、「おっと、そんなことを考えている場合ではない」と思った時には、すでに遅かった。
一瞬の隙を突いて均衡状態を破った「世界の終わり」は、ここぞとばかりに溢れ出たのだった。
丁度、そのタイミングで、電車は駅に停まった。
ついでに、僕の思考も停まった。
その先に待ってたのは、今日の出来事のフラッシュバックだった。
初夏の午後、強引に誘ったとは言え、好きな娘と二人きりでピクニックをした。
良い天気で、近くからは川のせせらぎでも聴こえてきそうなロケーションだった。
とても幸せで、僕は馬鹿みたいに浮かれていた。
きっと、そこで食べた彼女の手作りサンドイッチが暑さでダメになっていたのだろう。
帰り道、僕はお腹をくだした。
そして、穿き古した僕のリーバイスは、溢れ出た「世界の終わり」を誰よりも優しく受け入れてくれたのだった。
「」から始まる短いものがたり
2012.6.18