「あ」から始まる短いものがたり

 

「歩き回って、少し疲れたから、休憩しよう」と、彼が言うので、臨機応変な私は、そこの木陰で休むことにした。

足元は、夏らしい緑を纏った芝生が生い茂っていた。
そこに腰を下ろすべきか、潔癖の彼は迷ってる。
近くからは川のせせらぎが聴こえてきそうで、聴こえてこない。
そもそも、この近くに川なんか無い。

さっさと、腰を下ろした私は、左隣にサンドイッチが入ったバスケットを置いた。
冷やしてきたミルクのビンと乾電池5本が入っていて少し重いのに、彼は一切持とうとしてくれなかった。

結局、座ることにした彼の横顔をこっそりと盗み見る。
いつ見ても、不細工だ。
なんで一緒に居るんだろう。
今すぐにでも帰りたい。
でも、その前に、ミルクのビンでぶん殴って、乾電池を鼻に突っ込んでやりたい。
それくらい不細工だ。

でも、そんなことしないわ。
私は可憐な乙女だから。
その代わり、サンドイッチの具は、ねり消しで作ってやったことを思い出して、少し笑ってしまう。
すると、彼は、「どーしたの?可愛いね」とハニカミながら言う。
ガッデム。
本当に、不細工だ。
神様は、救えないものも創造してしまったその事実を速やかに認め、悔い改めるべきである。

周りでは、私の気持ちなんか微塵も知らない蝉が鳴いてる。
その音は、夏の午後の心地好い風に熱を持たせてしまう。

私はそれが嫌いじゃない。

 

「」から始まる短いものがたり
2012.6.17

「」から始まる短いものがたり1