「く」から始まる短いものがたり

 

くるぶしがコロリと取れそうだった。
靴紐が解けたまま、変な走り方で全力疾走したからだろう。
このままでは、北九州に着くまでに足がもげてしまう。
そう思い始めると、急に心配になって、走る足を止めた。
止まってみると、僕の荒れに荒れた息遣いばかりが、静かな夏の夜にうるさかった。
そして、ハッとする。
僕は、町ぐるみでいじめられているんだった。
こそこそしなければ。
見付かったら何をされるか分かったもんじゃない。
道の端っこに寄る。
壁すれすれ。
今、僕は多分、世界一壁に近い男になってるに違いない。
そして、それは、逆に目立つだろと自らにツッコんだ。

人目を避けたかったが、町を出る前に、スーパーで旅の支度をしておきたかった。
米軍の真似をして、「クリア」と呟きながら最大限に気配を消したつもりで歩く。
少し歩くと、煌々と光るスーパーが見えてきた。
ふと、スーパーの入り口付近で、向かい合って立つ男女に視線をとられた。
男の方は知らないが、女の方は、よく見れば愛しの彼女ではないか。
奇跡だ。
やはり、奇跡は美しい。
好きな女と運命の再会を果たす、旅立つ前の戦士。
この状況は、ロマンチック以外の何物でもない。
しかし、一緒にいる男は誰だ?
彼氏か?
彼氏なのか?
色んな考えが頭の中でぐるぐるした。
なぜだか、自転車のかご一杯に入ってた蝸牛の殻を思い出した。
それのせいで、最終的に「もはや、これもいじめの一部か」という考えに至った。
死にたくなった。

瀕死の状態で棒立ちしていると、肩を叩かれた。
親友であった。
「ごめんな。俺が悪かった。」
息を切らせながら、友は言うが何のことか、さっぱり分からない。
それよりも、彼女が気になる。
すると、またもや後方から声がした。
親友と同時に振り返ると、恐ろしいほどの美女と、中々のイケメンが立っていた。
誰だ。

戸惑っていると、親友はなにやら親しげに、「あれ、さっきはありがとうございました、ピーマン。」と美女に話しかけているではないか。
僕は、ピーマンという言葉に、パーカーから転がり落ちたそれを思い出し、叫びそうになる。
そんなこととは露知らず、美女の隣の中々のイケメンが、「あ、スーパーの前にいるのって‥‥」と彼女たちのことを差していた。
その声につられたのか、スーパーの方を見て「あら」と美女も言う。
「あれって、お前の好きな‥‥」と続いた親友は、余計なことを言う。
全員が、彼女たちのことを見ていた。

スーパーの前で、彼女は、どこから取り出したのか、右手にトゲトゲしたものを持っていた。
それを、目の前の男に投げつけるまでの動作は早かった。
男の顔面に当たった。
「うわ」
傍観してた4人は一斉に声をあげた。
跳ね返ってこちら側に転がってきたトゲトゲは、ドリアンであった。
こんな臭いものを投げつけられるとは、可哀想な男だと、僕はほそ笑んだ。
ドリアンを投げつけられた男は、泣きながら僕らの横を走り去って行った。
なぜだか、「夏が終わるのだ」と思った。
蛍が光らなくなるそれみたいに、僕らの中で光る何かも、やがて消える。
それは、詰まらない日々のせいなのか、ただ単に夏が終わるからなのか。
分からないけど、なるべく長く光るように楽しまなければならない。

 
スーパーの前に立つ、愛しい彼女はこちらに気付いたのか、手を降っている。
僕は満を持して手を降り返す。
しかし、何を間違えたのか、彼女は僕にもドリアンを投げつけて来た。
そうか、彼女も町の一部か。
そりゃ、いじめるよね。
僕のこと。

母さん、早々にここから離脱します。
それから、先ほど走り去った、彼女の彼は、救いようのない不細工でした。

 

 

「」から始まる短いものがたり  終
2012.6.27


 


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