「で、どうする?」的なニュアンスで終わる短いものがたり

 

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ピンチだ。
人生には幾つかのピンチがあるが、とりあえず、今までで最悪のピンチだ。
よく、「ピンチはチャンスだ」などと声高に言うヤツがいるが、あれはただの阿呆だ。
「リンゴはチャンジャだ」と言うくらい馬鹿げているし、意味が分からない。
しかし、途方もないプラス思考が大事なのは知ってる。
こういう時こそ、馬鹿になるべきなのだ。

というか、今の俺の状況はそもそも馬鹿でしかないのだ。
一畳程の真っ暗な空間に閉じ込められてしまった。
ドアの鍵がイカれたらしい。
電気のスイッチは見当たったが、付かない。
何故か知らんが電球が抜かれていた。
そして今俺は、その小部屋にあった洋式便器に腰かけている。
つまり、ここは便所だ。
不覚にも便所に閉じ込められたのだ。
それだけなら、なんともない。
鍵をぶっ壊して外に出たらいい。
だが、神様は時々、人の人生を弄ぶ。
驚くなかれ、ここは、知らない人の家の便所で、俺は忍者の格好をしている。
格好の通り、俺はこの家に忍び込んだのだ。
つまり、ドロボーである。
そして、住人はすでに帰宅済みだ。

有名なドロボーには、よく悪趣味な癖がある。
盗みに入った家の冷蔵庫を覗き、牛乳を一杯だけ飲むとか、並んでる包丁を綺麗に研ぎあげるとか。
そして、俺の場合は、便所で用を足す。
そしたら、こんなことになったというわけだ。
忍び込んだこの家は、そこそこ大きい一軒家だ。
夕暮れ時に侵入し、きっと今は日が暮れていることだろう。

便器に座り、この先の事を「考える人」のポーズで思案することに専念しようとした。
しかし、住人が騒がしい。
この便所は2階にあるが、1階の住民の声がうるさく響いてくる。
まずいな。
テンションの高い住人ほど、この俺を発見した時に、楽しむだろう。
ケータイのカメラで撮られ放題になるだろう。
なんせ、真っ暗な便所に忍者の格好したドロボーがいるのだから。
もし俺が住人なら、そんなドロボーさんにサインでも貰うだろう。
そして、写真に一緒に写ってもらってこう、呟くだろう。
「変態ドロボー捕まえたなう」

 

どのくらいの時間が経ったろう。
俺はまだ発見されていない。
しかしなぜか、さっきから、ひっきりなしに玄関のドアが閉じたり開いたりする音がする。
その度に、騒がしい人の声が聞こえる。
一体、この家の住人は何人居るのだろうか。
今すぐ、ここから逃げ出したい!!

水遁の術のことを思い出したのは、その時だった。
素早い身のこなしで、便器から立ち上がり、後方のタンクの蓋を開けた。
水が、溜まってる。
溜まっている、が、しかし!!
この時、生まれて初めて味わう感覚が俺を襲った。
襲われた俺はボソッと呟いた。

「‥‥本当に、忍者になりたかったなう」

 

 

「で、どうする?」的なニュアンスで終わる短いものがたり
2012.7.8


イラスト図解 忍者

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