恋が上手くいかないのは多々あることさ

 

3

桜は綺麗だった。
僕の心は、夜になっても怖いくらい微動だにしない桜と、僕の横を歩く彼女の横顔とを行き来して落ち着かなかった。
やっぱり、好きだ。
そう思った。
「今日、バイト終わるの早かったね」
「うん。すぐにこっちに来たよ」
そう言ったとき、少しだけバイト先の女の子のことを思い出した。
花見に誘われた。
次、誘われたらどうやって断ろうか。
「優しいね」
「どこが?」
「私のワガママに付き合ってくれるじゃない」
「それは、君が好きだから」と喉まで出かかったけれど、実際には「僕が付き合わないで、誰が付き合うのさ、君のワガママに」と言った。
「ずいぶん上からじゃない」
彼女は少し目を大きくして僕を睨み付けたあとで、笑った。

 

彼女とは高校が同じだった。
大学は別のところへ行っている。
高校のとき、とくに仲が良かったわけではない。
こういう関係になったきっかけは去年の冬だった。
いつもは降りない駅のTSUTAYAに行ったとき、たまたま彼女がそこで働いていた。
僕らは、貸し出しカウンターで向き合って照れながら笑った。
久し振りというのもあったし、僕が借りようとしていたDVDが「トムとジェリー」だったからだ。
僕はもうその時点で彼女のことを好きになっていた。
理由は簡単だ。
彼女も、そして僕も、高校の頃とは少し違っていたからだ。
だけど、彼女が僕をどう思っているのかさっぱり分からない。
僕はただ彼女の電話には出るし、「会おうよ」と言われれば出向く。
そういう関係だ。

 

「そろそろ帰ろうかな」
「そうだね」
「あ、でも、写真だけ撮るわ!」
「荷物、持ってようか?」
「ありがと」
「いいえ」
「次、バイトはいつ?」
「バイトはしばらくないけど、明後日から旅行に行くんだ」
「そう。じゃあ・・・お土産、よろしく」
「うん。一番、マズそうなお菓子を買ってくるよ」
それを聞いた彼女はまた少し目を大きくして、僕を睨み付けた。
そして、笑った。

僕はこの恋の扱い方が分からなかった。
前進も後退もできない。
ただ時間が過ぎて、日付が変わって、カレンダーを捲って、気温の変化で着る洋服が変わる。
それだけだ。

横から彼女の小さい舌打ちが聞こえた。
彼女は「写真、暗いから上手く撮れないや」と残念そうに言った。

 

 

「恋が上手くいかないのは多々あることさ」-3-
2013.4.2

トムとジェリー どどーんと32話 てんこもりパック Vol.1 [DVD]

恋が上手くいかないのは多々あることさ 3