「海には行けないの」

 

10 マキガイ

趣味はパチンコ以外にもある。
それは、家の前に居着いた野良猫に餌をやることだ。
動物のことは大して好きではない。
だが、仕事の合間に、店の裏で一服していたときに突然現れたその猫は、なんだかとても愛しく思えた。
ミャアミャアと鳴くから、残飯を持っていってやると、ペロリと食べた。
それから、よく店の裏で見かけるようになった。
その度に俺は、何か食べ物を持っていってやった。
店の裏は二階の自宅へ続く玄関があるわけだが、ある朝、玄関を出ると、その前にちょこんと座っていた。
餌を食いに来たと思って、何かをやってもそっぽを向いてそれを食べなかった。
なるほど、これが猫の気まぐれか。
どことなく、波ちゃんを連想させた。
俺は益々そいつのことを気に入った。

 

餌を与え始めて3ヶ月が経った頃だ。
その頃には、もう、家族のように感じていた。
だから俺は、3ヶ月記念のプレゼントを用意した。
その日も、店の裏で一服をしていると、いつの間にかそこにいた。
「お!おいでなすったな。ちょっと待っておけ」
俺はそう言うと、家へプレゼントを取りに行った。
ふふふふふ。
喜んでくれるだろうか。
思わず、笑みが溢れる。

「ほれ!どうだ。良いだろ?缶詰のまま食べるより、風情があるだろう?うん。お前に似合っている」
俺は、プレゼントのお手製皿を差し出した。
お手製と言ってもたかが知れている。
二つ合わせたらUFOに見える、アルミの灰皿にカラーリングしたものだ。
そこにツナ缶の中身を入れてやると、心なしかいつもより、勢い良く食べているように見えた。

 

その皿は、いつも玄関に置いてある‥‥いや、置いてあった。
だが、無くなっている。
俺は思わず、「無いーーっ!!」と叫んでしまった。
だって、思い出の品なのだから。
それにしても、どういうことだ?
毛並みが虎柄だから「トラ」と名付けたその野良猫と同じように、虎柄にカラーリングしてあるのでとても目立つ。
だから、ちょっとくらい違う場所にあってもすぐに見付かるのに。
今日はどこを探してもない。
トラとの思い出が詰まったものなのに。
俺はため息をついた。
人様の自転車を持ってきてしまったから、ばちが当たったのだろうか。
あぁ、まさか。
こんなことになるなんて。
すぐそこに停めた自転車を見て、俺は酷く後悔した。
その時だった。
どこからか「ミャア」と聞こえた。
俺にはすぐに分かった。
「トラ!」
あぁ、トラ、ごめんよ。
謝らなければならない。
あの、大切なお皿を無くしてしまったんだよ。
そうやって心の中で懺悔していると、トラが何やら口にくわえてこちらにやってきた。
「そ、それは!」
あの、思い出の詰まったお皿ではなかったが、同じアルミの灰皿が青と白で波を描いたように塗られていた。
そこへ、コンブがやって来て「あら、どうなってんすか?その餌皿、色変わってるじゃないですか!?」と言う。
俺は「人生、不思議なことがあるもんだ」と小さく呟く。
するとコンブは言った。
「ところで、猫は青いものを見ながらでも、食欲が落ちないものなのか」

 

 

「海には行けないの」-10-
2013.8.21

海には行けないの 10