「生まれて8年目」

 

7月7日 晴れ 七夕

カルボさんに水風船をぶつけてしまった事を考えて、あまり眠れないと思ったけどボクは良く寝た。
そして、気持ち良く目覚めた。
でもすぐにカルボさんの事を思い出して、ため息をついた。

 

今日は朝早くから鉄棒の特訓をした。
気持ちが沈んだまま、お母さんと公園に行くと、まだ誰もいなかった。
そりゃそうだ。
朝御飯を食べる前に来たんだから。
まだ寝ている人だっているだろう。
「暑いのは嫌だから、朝早くからやりましょう」とお母さんが言ったので、その時間からやることになったのだ。
お母さんの言う通り、昼間より日差しが弱いから過ごしやすかった。

「まず、やってみせて」
お母さんにそう言われて、ボクは逆上がりをした。
「した」と言うより、しようとした。
でも、できない。
「なるほどね、本当にできないのね」
お母さんはボクの逆上がりを見てそう言った。
それから、鉄棒の横にある、木陰に隠れた木製のベンチに座った。
それで、文庫本を広げて読み始めた。
「え?教えてくれないの?」とボクが聞くと、お母さんは本を閉じて、「教えられないのよね。だって、私も逆上がりできないんだもの」と言った。
「え?」
「でもさ、きっと、色々やってみることよ。あなたの得意な忍術でも何でも使って、とにかく、やってみなさいよ」
お母さんはそう言って笑った。
仕方がないので、ボクは一人で逆上がりの練習をした。

 

一向に逆上がりはできなかった。
言い訳かもしれないけど、カルボさんのことが気になって、身が入らなかったのだ。
鉄棒を握って、地面を蹴る、そのあとにカルボさんのスカートを濡らした水風船爆弾を思い出してしまう。
それから、謝れなかったことも。

 

不意に「さて、そろそろ帰って朝御飯でも食べますか」とお母さんが言って立ち上がった。
ボクは汗だくになっていた。
タオルで汗を拭いながら「全然集中できなかったな」と小さく呟くと、お母さんに聞こえていたらしく、「それは、恋が招いた事態ね」と言っていた。
ボクは「え?」と言ったけれど、お母さんは何事もないように歩いて行った。

 

そのあとは、宿題をやったりお昼寝をしたりした。
夕方に、お母さんと買い物に行った。
いつものスーパーだ。
ボクは、悩んでいるせいか、甘いものが食べたいと思った。
いつもの作戦を実行するとしよう。
スーパーで買った短い七夕用の笹を持って、お店を出たタイミングでボクは言う。
「なんだか、甘いものが食べたいなぁ」
しかし、ボクは驚かされる。
お母さんが「その手には乗らないわ」と言ったのだ。
ボクは「え?」と言ったけれど、お母さんは歩いて行ってしまった。
まさか、この作戦がバレるなんて!
もしかして、最初から知っていたのかな?
大人はすごい。
ボクも早く大人になりたい。
いや、それよりも早く忍者になりたい。

 

家に帰ると、短冊を書いた。
欲張りかもしれないけれど、今回ばかりは二つ書かさせてもらった。
一つはもちろん、「立派な忍者になれますように」だ。
もう一つは「カルボさんと仲良くなれますように」にした。
二枚目の短冊は、恥ずかしいからお母さんがベランダに笹を出したあとに、こっそりと付けた。

夜、お母さんとベランダで天の川を見たけれど、ボクにはよく見えなかった。
「え?どれ?見えない」とボクが言っていると、お母さんが「後ろめたいことがあると、天の川って見えないらしいわよ」と言った。
ボクは今日、何度目かの「え?」を言うと、すぐに決心した。

明日、学校でカルボさんに謝ろう。

 

 

「生まれて8年目」-7-
2013.7.14




生まれて8年目 7
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