「ロール」

 

ロール5

くそ暇だ。
何でこんなにくそ暇なのに「遅刻だっ!!」って焦って自転車ぶっ漕がなきゃならないんだろうか。
午後出社でも十分だろうが。
あ、あ、あ。
あ、でも待てよ、午後出社になったら朝にアキホちゃんと会えないじゃん。
格言トイレットペーパーを自分の言葉のように言って惚れられようキャンペーンもできないじゃん。
ダメじゃん。

14時を回ってる。
トイチは昼休憩に行っている。
僕は一人で狭いカウンターに座ってた。
朝に買った漫画雑誌は読んじゃった。
いつもは買ってない漫画雑誌だから、漫画の話の流れが分からない。
そうさ。
漫画には微塵も興味は無いのさ。
僕は漫画雑誌の巻頭ページを見る。
グラビアのページだ。
ふふふふふ。
エミナちゃんが微笑んでいる。
最高だ。
最高すぎる。
食い入るようにその水着姿を見ていた。
良いでしょ別に。
ここには誰もいないんだから。
なんていう油断は大敵である。
ふと視線をあげるとそこに少女が立ってた。
驚いて、雑誌を閉じる。
慌てて立ち上がって「いらっしゃい」と言う。
でもすぐにバカらしくなって、座る。
「何?」
僕は言う。
「あ、あの、この店に来れば色々と相談に乗ってくれるって聞いて」
そう言った彼女にズームイン。
黒髪を長く伸ばしてる。
ずり落ちたメガネ。
エミナちゃんとは雲泥の差の控えめな胸。
地元の高校の制服を着ている。
なんか暗~い雰囲気。
「あ、あの、き、聞いてます?」
うん。
つまり、タイプではない。
「相談とかには乗りません。つーか乗った試しもありませんし、乗る気については毛頭ございません。お出口はそちらです!」
僕はそう言って、僕の正面つまり彼女の背中に腕を伸ばして丁寧にご案内した。
「え・・・でも、ネットではそう書かれていたのに」
またネットか。
なんなんだよ。
この前のガキといい。
このままじゃ店が忙しくなっちゃうじゃねぇか。
暇だからサイコーなこの職場が、忙しくてサイテーな職場になっちまうじゃねぇか。
そうはさせるかネットの住人め!
「それねぇ、嘘なんですよ。本当にね、うちそういうのやってないんですよ。ほらあるでしょ?ネットの嘘情報ってさ。だからどうぞお帰りください」
言ってやった。
言ってやったよこれ。
これで店の評判がた落ち=店暇になる=思う存分エミナちゃんのグラビア写真見れる。
サイコー。
「そ、そうですか」
少女が出入り口に向かった時、また客が来た。
ふざけんなよ。と思ったらトイチだった。
「お、あれ?お客さん?」
トイチは女子高生を見て言った。
あーあ。
トイチ帰ってきちゃった。
面倒くさいことになりそうだったから、僕は雑誌を開いてエミナちゃんのたわわな写真を見た。

 

「えー?そんな失礼を!?すみませんでした、本当に。おい、お前、いくらなんでもダメだぞこれは!」
トイチが僕に怒鳴った。
あー、はいはい、サーせんした。
「い、いいんです。本当に相談とかはやってないようなので」
「まぁ、相談はやってないけど、トイレットペーパーは売っていますよ。どんなお悩みが?」
いやいや、聞いちゃってんじゃん。
「お悩みは?」って、聞いちゃってんじゃん。
それ相談じゃん。
ねぇ、どうなのよ、おデブちゃん。
僕は心の中でそう突っ込んだ。
「なるほど、好きな人に好かれたいのかぁ」
デブメガネがアゴに手を当ててそう言った。
暑くもないのにその横顔には汗が滲んでいる。
もう秋の始まりだってのに。
その正面ではジミメガネな女子高生が俯いている。
なんじゃこりゃ。
このダブルメガネ夢の共演はなんなんだ。
僕がため息を吐いたその時、「そうだ!」とトイチが声を上げた。
「恋と言えば、アレがあったよな!?」
カウンターで傍観していた僕に呼び掛けた。
僕は「無い無い」と言う意味を込めて首を横に振ったが、カウンターまでやってきたトイチが「よし探すか!」と僕の肩を叩いた。
あー。
面倒くさい。
面倒くさいよぉ。
でも僕は知っている。
ここで逃げ出そうとしてもトイチに力尽くで止められることを。
だから僕は仕方なくトイチと一緒に探した。
アレを。
ところで教えて欲しい。
アレってドレ?

 

しばらくしてトイチが見付けた。
当たり前だ。
僕は探す振りをしていただけなのだから。
「参考になるかは分からないけれど、これはどうかな?」
トイチはそう言って女子高生にトイレットペーパーを1ロール渡した。
それは「恋は一日にして成らずトイレットペーパー」だった。
「本当にありがとうございます!」
女子高生は嬉しそうに500円を払って帰っていった。
つーか、高っ!
「500円て他のやつよりも高くねぇ?」
そう言う僕にトイチは呆れた眼差しを向けてから言った。
「俺よりも長く働いているくせに知らないの?恋愛関係のヤツはね、需要があるから高いんだよ。本当に、何も分かってないね、トイレットペーパー事情」
分からないよ。
分かりませんよ。
分かりませんけど、え・・・、トイチ君はなぜそんなに詳しいのかな?

 

何日経ったか忘れたけど、多分5日後くらいのことだ。
トイチは昼休憩に行っている。
その日も僕はエミナちゃんのグラビア写真を食い入るように見ていた。
良いでしょ別に。
ここには誰もいないんだから。
なんていう油断は大敵である。
ふと視線をあげるとそこに少女が立ってた。
驚いて、雑誌を閉じる。
慌てて立ち上がって「いらっしゃい」と言う。
でもすぐにバカらしくなって、座・・・「なんだと!?」と僕は言う。
そして、下ろしかけた腰を持ち上げる。
目の前に立つ彼女にズームイン。
肩の辺りでゆるゆるとなっているゆるふわ髪の毛ミディアムヘア。
ぱっちりお目目のキュートな二重。
エミナちゃんにも引けを取らないふっくらりんな胸イズノットぺったん。
地元の高校の制服を着ている。
どこの可憐なお嬢さんだい!?
そんな風に動揺を隠せずにいると、トイチが帰ってきた。
するとどうだい、お嬢さんが言うじゃあーりませんか。
「あ、トイチさん!この前はありがとうございました!」
おや?
「え!?もしかして、この間の!?すごいね、すごく変わったね!メガネもないし、コンタクト?」
おやおや?
「はい!思いきりました。本当にあのトイレットペーパーのおかげです!」
おやおやおや?
「また何かあったら来ますね!」
彼女が帰ろうとしたその時、僕はどうしても聞いておかなきゃならないことを聞いた。
「ちょっと待ったー!!その、そのさぁ、その、胸も整形とかした訳?」
言ったんだ。
僕は言ってやったんだ。
で、言ったんだ。
彼女は言ったんだ。
とても、恥ずかしそうに、そして可憐に。
「今までのブラ、小さすぎたみたいだったんです」

 

僕は閉店までに5回くらい「小さすぎるブラ」でググった。
トイチは閉店までに5回くらい「だからね、お客さんには優しくしなきゃならないんだよ」と得意気に言った。

 

 

「ロール」-5-
2013.11.23

ロール 5
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