「ロール」

 

ロール7

あの女子高生の一件以来、僕はしっかりとお客さんに対応しようと思った訳だ。
そして、美人のお姉さんとグフフフフ。
その考えを、唯一の同僚であるトイチに話した。
話したが、彼はこう言った。
「そんなドラマみたいな話、あるわけないじゃない」
ふざけたデブだ。
いや、ふざけたデブメガネだ。
「そんなこと、やってみなきゃ分からねぇんだよ!」
僕が気合いたっぷりにそう言ってから、一週間が経った。
びっくりだ。
客は一人も来なかった。
一人もだ。
ネットで話題沸騰中じゃなかったのかよ?
いや。
いや、待てよ。
むしろこれがあるべき姿だ。
この絶望的な暇さこそがこのバイトの魅力だったはずだ。
そうだ!
そうだよ!
僕は女に目が眩んで大事な事を忘れていた訳だ。
ふー。
危ない危ない。
さて、ゆっくりと、エミナちゃんのグラビア写真でも見ようじゃないか。

 

カウンターではトイチが眠りこけている。
うん。
いつも通り。
これが平穏ってやつだ。
「すみません」
客は来ないし。
「あの、すみません」
エミナちゃんは水着だし。
「あのー、すみません」
そうそう、トイチも寝てるし。
「すみませ・・・」
「なにもう!?なんなの!?うるさいんだよ!」
僕は怒鳴った。
カウンターの前に学ランを着た男が立っていた。
「は?なに?なんか用?」
「いや、ここに来たら相談に乗ってくれるって聞いて」
学ラン男にズームイン。
鼻毛出てる。
髪の毛がなんだかベタベタ。
前髪で目の8割りが隠れてる。
ぶすっとした不貞腐れ面。
そして、メガネ。
オワタ。
こいつ、オワタわ。
モテねぇわこれ。
「無理。あのねぇ、女の子以外ね、相談とかそういうの乗らないの、マジで。だから、無理」
「え?何?お客さん?」
何かを感じ取ったのか、トイチが起きた。
あぁー。
厄介だ。
マジで。
「あ、あのー、あなたがトイチさんですか!?」
え?
え?何?
何で、トイチの名前知ってんの?
「そうですけど」
「良かったぁ。あの、ネットでこの店のこと知ったんですけど、トイチっていう店員じゃなきゃ話にならないって書いてあって」
「何だと!?」
僕は思わず立ち上がる。
しかし、それをトイチの太い右腕が止める。
「まぁ、私で話になるかどうかは分かりませんが、話してみてください」
トイチの目が妙にキリリとしてる。
でもそんなキリリ無意味だ。
だって、顔の肉に目が埋もれかかっているんだもの!!
僕は不貞腐れて、エミナちゃんのグラビア写真に精神を集中させた。
「なるほど、男らしくなりたいと」
デブメガネがアゴに手を当ててそう言った。
顔に滲んだ汗をハンカチで拭いている。
その正面ではジミメガネな男子高生が俯いている。
なんじゃこりゃ。
何でメガネばっかり集まんだよ。
メガネはトイレットペーパーに引かれる習性でもあんのか!?
意味分からねぇよ。
僕がため息を吐いたその時、「そうだ!」とトイチが声を上げた。
「男らしくと言えば、アレがあったよな!?」
カウンターで傍観していた僕に呼び掛けた。
このパターンは以前と同じ・・・。
僕は聞こえない振りをした。
しかし、カウンターまでやってきたトイチが「よし探すか!」と僕の肩を掴む。
そして、ぎゅっと力を入れる。
「いってぇ!!!」
僕は耐えきれず声を出す。
なぜこうなることを知っていたのに、反抗してしまったのだろうか。
僕は反省した。
とても反省した。
そしてふと思い出す。
僕が使っている格言トイレットペーパーの言葉だ。
『反省の先に待っているのは反省しかない』
ならば、反省などしても時間の無駄だ。
僕はいつも通り「アレ」を探す振りをした。

 

しばらくしてトイチが見付けた。
必然だ。
「参考になるかは分からないけれど、これはどうかな?」
トイチは、そう言って学ラン男にトイレットペーパーを1ロール渡した。
それは「男の道はイバラ道トイレットペーパー」だった。
「本当にありがとうございます!」
ジミメガネは嬉しそうに言った。
歯を見せて笑った。
その歯は汚かった。
故にその笑顔は、気持ち悪かった。
「はい、じゃあ、それは50円だよ」
安っ!!!
思わず、鼻水が出た。
なになになに、安すぎない?
戸惑う僕をよそに学ラン男は50円を払って、トイチはそれを受け取る。
「また、来ますね!トイチさん!」
そう言った学ラン男は最後に僕を見た。
とても冷たい目で。
道端のうんこでも見る目で。
僕を、見た。

 

「つーかさ、何でアレあんなに安いの
?」
そう言う僕にトイチは呆れた眼差しを向けてから言った。
「本当に、何も分かってないね、トイレットペーパー事情。あれはね、全っ然、需要が無いんだよ。分かる?」
分かりません。
分かりませんとも。
でも、分かりませんが分かりました。
もう全部、トイチさんが切り盛りしたら良いんじゃないでしょうか?
このお店。
僕はひたすら遅刻をする係りをしますから。
そして帰るまで、ひたすらエミナちゃんのグラビア写真に忠誠を誓う係りをしますから。

 

 

「ロール」-7-
2013.11.23

ロール 7
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