「ロール」

 

ロール9

確認するまでも無い。
穏やかな午後だ。
トイチはやはり眠りこけているし。
僕はエミナちゃんのグラビア写真を見ている。
最近増えつつある客も来ない。
来ないに越したことはない。
良い。
良いよ。
すごく良い。
このまま客など来なきゃいい。
僕は仕事が嫌いだからこのバイトを選んだのだ。
それでいいのだ。
それに引き換え、エミナちゃんはなんて良い笑顔しているんだろうか。
芸能界だって大変だろうに。
カメラに向かってこんな笑顔を振り撒けるなんて。
プロだ。
プロ以外の何者でもない。
そして、僕もプロだ。
何のプロかなんて確認するまでも無い。
エミナちゃんのグラビア写真を見るプロだ。
見よ!
この鋭い眼光を!
プロだ。
これはもうプロ以外の何者でもない。
自分の能力に酔いしれていると、電話が鳴った。
珍し過ぎて、くそ驚いた。
しばらく無視しようと思ったけど、ベルは鳴り止まない。
トイチも起きない。
仕方ないから出る。
「もしもし」
相手の声を聞いて背筋が延びる。
ここの店主だ。

「はい。・・・まぁ、暇っすね」

「あ、え、外回りっすか?」

「はい。はい。そうすっね。じゃあ、トイチに・・・」

「え?僕が?はぁ、分かりました。行ってきます」

電話を切った僕のテンションはガタ落ち。
大きく舌打ちをする。
マジかよ。
外回りとかマジでめんどいわ。
何度かやったことがあるが、面倒くさい。
エミナちゃんのグラビア写真をゆっくり、そしてじっくり見ていたい僕としては最悪だ。
頭を叩いてトイチを起こす。
「何!?お客さん!?」
「ちげぇよ。なんか、今、電話あって、外回りに行かなきゃなんねぇから、お前しっかり店番しておけよ」
「あぁ。そんな頃かぁ。じゃあ、よろしく!」
「なぁ、お前行かないか?」
僕はダメもとで頼む。
「無理無理。自転車がもたない」
そう、外回りは自転車でするわけだけど、トイチの体重だと自転車のタイヤがすぐにダメになる。
だから普通に自転車を乗りこなせる僕が行く羽目になる訳だ。
ファッキン・デブメガネめ。
僕は必要な道具をショルダーポーチに入れた。
それから「めんどくせぇ!!!」と大声で叫びながら店を出た。

 

店のすぐ横は車一台分の駐車場になってる。
と言っても、アスファルトは敷いてない。
土のままだから、雑草が生え放題だ。
そこに、店の自転車を止めてる。
荷台には鉄製のBOXが積まれていて、中にはトイレットペーパーを詰めている。
僕は自転車を走らせる。
今日はなんてことのない晴れだ。
秋だから頬に当たる風が少し冷たい。
次第に冬がやって来るわけだ。
僕は冬が嫌いだ。
だから冬にはならないで欲しい。
なぜなら冬には遅刻する確率が益々増えるからだ。
まぁ、どーでもいいんだけど。

 

ところで、トイレットペーパー屋の外回りはとは何をするか。
簡単だ。
公園とかの公衆便所を回る。
そんで、トイレットペーパーの付近に磁石式のうちの宣伝カードをくっ付けてきたり、置いてきたりする訳だ。
そのカードには「紙にお困りの場合はこちらへ」と店の電話番号が書かれている。
他にも「あなたの夢を叶えるトイレットペーパーあります」とかも書かれている。
宣伝カードを置くと、そこに設置されてるペーパーを抜き取ってうちのペーパーと入れ換える。
もちろん、すでに少な目設定になっているヤツだ。
例えば「今日の夜ご飯はなんでしょうトイレットペーパー」とか仕掛ける。
で、わざわざ「キーマカレー」とか書かれているところがすぐにでるようにする。
認めよう。
それはイタズラだ。
良いでしょ?
これくらいのイタズラ。
誰も見ていないんだから。
でも、この外回りが役に立っている気はしない。
「広告を見た」なんて言う電話は一度も掛かってきた事がないからだ。
そりゃそうだろ。
僕だって電話しないわ。

 

疲れた。
出勤中の朝とは別人のようにちんたら自転車を漕ぐ。
朝はスピードの限界に挑戦しているが、今は逆の意味でスピードの限界に挑戦している。
朝と言えば、今日アキホちゃん休みだったなぁ。
ついてねぇなぁ。
ぼんやり考えていた。
「あ!」
その声は僕が発した声じゃない。
ちょうどすれ違い様だった。
僕は思わずブレーキを掛ける。
相手も足を止めた。
えらく可愛い子に声を掛けられたと思ったら、ゆるゆるふわふわ髪の毛とコンタクトにより多大な変身を遂げた隠れ巨乳の彼女であった。
「おう」と言ってみたのはいいが、その横にはちょびっとイカつい男がいるではないか。
「あの、この人、彼氏です」
彼女は髪の毛をゆるふわさせながら言った。
だろうね!
「そ、そうなんだ。良かったな」
「はい!トイチさんたちのおかげです!」
ここにいないトイチの名前を出すとは良い度胸じゃねぇか。
「あの、」
隣にいる「彼氏」に声を掛けられたからそっちを見る。
ズームイン。
髪の毛は今風にサイドを刈り上げてキメている。
目は二重ではないがクールな切れ長の一重。
少し微笑んでいるのが気持ち悪いが、口の隙間から覗く歯はホワイトニングエナメル!
モテ子にしてモテ男ありなカップルだ。
「あの、ありがとうございました」
モテ男は言った。
「いやいや、彼女の元が良かった結果だよ」
僕は珍しく大人な事を言った。
「あ、いえ、彼女もそうなんですが、僕もこの前お店に行って、トイレットペーパーを買ったんですけど」
・・・え?
アンビーリーバボー。
まさか、あれかい?
あれなのかい?
この前来た、、、
鼻毛出てる。
髪の毛がなんだかベタベタ。
前髪で目の8割りが隠れてる。
ぶすっとした不貞腐れ面。
の、ジミメガネなのかい?
嘘だろ!?
「え?髪の毛は…」
「はい、切りました!トイレットペーパーに『男たるもの髪はさっぱりと!!』と書いてあったので」
「え、え、じゃあ、メガネは?」
「はい、コンタクトです!トイレットペーパーに『男たるものメガネとコンタクト両刀使い!!※コンタクトレンズのご利用はまず眼科に行ってから』と書いてあったので」
またコンタクトかーい!!
恐るべし、コンタクトレンズ(※コンタクトレンズのご利用はまず眼科に行ってから)!!!
「てか、歯も、」
「はい!トイレットペーパーに『男たるもの白い歯以外で生きていけると思うな!!』と書かいてあったので」
なんてこったい!
あの「男の道はイバラ道トイレットペーパー」は50円という破格だったはず!
50円でこれかい?
50円でそのゆるふわキュートな隠れ巨乳の彼女ができちゃうのかい?
「私、トイレットペーパーで自信が付いたから告白しようとしたら、彼もトイレットペーパーですごく変わって、何て言うか、恥ずかしいですけど、私たち両想いだったみたいで、それで・・・」
もうそれ以上彼女の言葉は僕の耳に入らなかった。

「またお店に寄りますね!」
二人は手を繋いで去っていった。
僕はね、そりゃもうやる気をなくしましたよ。
意味の無い外回りなんてしてる場合じゃないですよ。
とりあえずね、朝並みに自転車をぶっ漕ぎましたよ。
くそダッシュです。
でね、店に帰りますよ。
一人で店番のトイチは眠りこけてやがりましたから、叩き起こします。
そんで、言いました。
もはや、半泣きだったでしょうね、僕。
懇願に近い感じで言いました。
「トイチさん!!ここなら相談に乗ってくれるって聞いて!!ネットにも載ってたし!!あの、あの、モテたいんです!!!僕、モテたいんです!!!」

 

 

「ロール」-9-
2013.11.25

ロール 9
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