「ロール」

 

ロール12

「ええ、ええ、はい」
トイチが電話相手と話している。
僕は考えていた。
エミナちゃんとアキホちゃんの事を。
「分かりました。西公園ですね」
トイチがそう言った時、ギクリとした。
「多分10分かかりません。はい。じゃあ、お待ちください」
やっぱりだ。
ファッキン予感的中。
トイチは嬉しそうに俺の顔を見る。
そして言う。
「隊長!急患です!」
僕はわざとらしくタメ息を吐く。
「お願いしますっ!」
トイチはにんまりしながら、敬礼のポーズを取ってふざける。
これだからデブメガネと呼ばれるのだ。
ふざけやがって。
でも僕は知っているここで足掻いても良いことはない。
トイチに力尽くで行かされるだけだ。
僕は「はいはい」と言って、ショルダーポーチを肩に掛けた。
店を出るとき「いってらっしゃい」とトイチの暢気な声が聞こえた。

 

外はすっかり暗くなっている。
自転車を走らせる。
西公園は遠くない。
飛ばせば5分くらいで着く。
でもめんどい。
それはめんどい。
だから僕は普通に漕いだ。
途中、さっきトイチから聞いた話を思い出して遠回りをした。
エミナちゃんが通った高校を見に行ったのだ。
学校の回りに植えられている銀杏が綺麗に色付いている。
秋が深まってる。
いや、もう冬なのかもしれない。
ということは、クリスマスがやってくる。
くそくらえだ。
でも一人は寂しい。
とても寂しい。
だから早いところモテモテになるトイレットペーパーを探さなければ!
僕は自転車を漕ぎ進めた。

 

西公園に着くと、トイレに入った。
臭う。
「くっせっ」と言うのを堪える。
この前の外回りで磁石式の宣伝カードを置いていった所だ。
そう、トイチが言った「急患」ってのは「紙にお困りの方」だ。
一番奥の扉が閉まってる。
そこにいるんだろう。
僕はドアをノックして「お待たせしましたー、トイレットペーパー屋です」と言う。
「は、はい」
弱々しい男の声が響く。
「えと、じゃあ、ペーパー投げるので受け取って下さいね」
「は、はい」
またまた弱々しい声が響く。
僕は「野菜の種類トイレットペーパー」を個室の上から投げ入れる。
「あっ」と男の小さい声が漏れる。
「大丈夫っすか!?」
僕は心配してやる。
「あ、はい」
ふぅ。
仕事完了だわ。
だけど、このやり方をトイチに見られたら怒られるだろう。
本当はトイレットペーパーは投げ入ない。
太い紐で吊るしてあげて、確実に受け取ってもらう。
でも、めんどい。
それはめんどい。
だから僕は投げ入れる。
良いじゃん。
誰も見ていないのだから。

男が出てくるのをトイレの外で待つ。
ケータイをいじる。
エミナちゃんの画像を検索する。
男が出てくる。
よれよれのスーツ姿のおっさんだった。
太ってはいない。
むしろガリガリに痩せている。
短く切り揃えた髪も、ぱさぱさとしている。
「た、助かりました」
「はい、じゃあ、出張代込みで500円です」
僕は500円を受け取った。
さて、帰りますか!
そう思って自転車に股がった時「あの、」と呼び止められる。
「なんすか?」
「あの、私、つ、強くなりたいんですがね、その、いつもバカにされてるから、で、お宅さんはそういう相談に乗ってくれるって知って」
「は?」
「あの、ネットに、そう書いてあって」
またネットかよ。
めんどくせぇな。
「あのね、うちはね、そういう相談とか受けてないんすよ」
「あ、あ、もしかして、あなたはトイチさんじゃないんですね?そ、そうかぁ。やっぱりトイチさんじゃないとダメかぁ・・・」
聞き捨てならん。
「もしかしてさ、それもネットに書いてあった訳?」
「は、はい」
舌打ちをする。
ふざけやがって。
何であのデブメガネばっかり好評価なんだよ。
ありえねぇだろ。
しかし僕は気付く。
はっと気付く。
それは、僕がトイチより評価が低い理由ではない。
そんなことよりももっと重大な事に気付く。
ネット。
そう、世界を網羅するネット。
それは環境さえ整っていれば誰でも閲覧可能な魅惑の世界!
つまり、エミナちゃんが何時如何にして僕たちの、いや、僕の評判を見るとも限らない。
それで僕の評価が低いのは不味い!
不味すぎる!
僕は言う。
すぐに言う。
「ふふふ。トイチじゃなくても相談に乗りますよ、お客さん・・・」
僕は自転車の荷台に積んでいるボックスの中をがさごそと漁った。

 

それからしばらくしての事だ。
その日も僕とトイチはぐだぐだと過ごしていた。
いや、ぐだぐだというか、しっかりとエミナちゃんのグラビア写真を見ていた。
最近本当に色んな雑誌に載る。
人気が出てることに少し複雑な気持ちになるけれど、僕は応援する。
断固としてエミナちゃんを応援する。
そんな決意を固めた時、「いらっしゃい!」と珍しく起きていたトイチが言った。
それから「ひっ!」と短い声を上げる。
何事かと思って、僕もカウンターから正面の入り口を見る。
そして「ひっ!」と短い声を上げた。
そこにはびっちりとした黒スーツ、黒タイ、黒サングラスで身を包んだ男が立っていたのだ。
短く切り揃えた髪の毛も綺麗に櫛を通して整えている。
「お、お金はありません!」
何を思ったかトイチが叫ぶ。
僕も何を思ったのか、エミナちゃんのグラビア写真が載っている雑誌を隠す。
そしていよいよ男が言った。
「あの、ありがとうございました!」
「は?」
僕とトイチは顔を合わせる。
「先日頂いたトイレットペーパーのおかげで随分と変われました!本当にありがとうございます!」
男はそう言ってサングラスを外して、頭を下げた。
あいつだった。
この間、西公園でトイレットペーパーを渡したよれよれスーツのおっさんだ。

 

男が帰った後、トイチに聞かれる。
「一体何のペーパーを渡したの?」
「確か、「ギャングへの道のりトイレットペーパー」だったな。まさかあそこまで変わるとは」
いやしかし、変わったのは彼だけではない。
僕のネットでの評価もぐんぐんと伸びているに違いない。

 

 

「ロール」-12-
2013.11.29

ロール 12
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