「の」から始まる短いものがたり
喉が乾いたのは、1人ワンルームディスコのせいだ。
部屋の電気を点けて、天井の左すみで回転するミラーボールを止める。
お気に入りのロボットキャラが描かれたタオルで汗を拭く。
喉が乾いたからって、水道から出るヤツをそのまま飲むほど、僕は落ちぶれちゃいない。
体がスパークリングを求めてる。
しかし、今我が家にはスパークできるものが無い。
だからといって妥協はしない。
僕は、体に正直だ。
お気に入りのコンバースを履いて、玄関のドアを開けた。
近所のスーパーに向かう途中、財布を忘れてきたことに気付いた。
しかし、金に片思いばかりして、一向に、その恋を実らせる気のないヤツに用はないと思い、そのまま歩き出した。
暗くなった町で、煌々と光るスーパーが見えてきた。
さて、どうするかと、考えていると、どえらい美人がスーパーに入っていくのが見えた。
小走りで彼女の後を追っていくと、入り口のそばにある生花コーナーでバラの匂いを嗅いでいた。
なんて、可憐な。
是非ともテレフォンナンバーを聞き出さなければ。
僕は、下心には、最も正直だ。
彼女が買い物を終えるまで、入り口で待つことにした。
20分ほど待つと、彼女は出てきた。
すかさず、声を掛ける。
あとは、番号を聞き出すために頑張るだけだ。
しかし、買い物袋を見ると、男物のシェービングクリームが入っていた。
アウチ。
彼氏持ちか。
話が違うじゃねぇか。
振り向いた彼女に、何を言えば良いか分からなくなった。
こんなときに、さすがに「とりあえず、踊っとく?」なんて言えない。
脳みそが高速回転したあと、「とても、困ってる」と言った。
彼女は、疑いの目で僕を見る。
目と目が合う。
どえらい美人と。
目と目が合っちゃった。
うん。
ここで、一つ解った事があるよ明智くん。
もう好き。
てか、大好き。
いや、もう愛してる。
名を名乗れ!
明日にでも、それを背中に彫ってくる。
イカした脳内告白をしながら、目を泳がせていると、彼女の買い物袋にピーマンを見つける。
一先ずは、ピーマンをもらう作戦に変更。
僕は、どうしようもないことを思い付く脳みそにも正直だ。
結局、ピーマンを一つもらえた。
警察を呼ばれなくて良かった。
正直、チビりそうなくらいビビってた。
怪しくないことアピールのために「ふぅ。これで、青椒肉絲が作れる。」と言っておいたのが、功を奏したのかは分からない。
金もないし、スーパーに用はないので、家に帰ることにした。
帰り道、久しい親友に会った。
大学では「北九州の男」として有名になってる。
しばらく、彼と並んで歩いて、積もる話をした。
と言っても、3ヶ月程のことだが。
彼は、過去に嫌な思いをしているのに、相変わらずパーカーを着てて、笑えた。
何も学んでないな。
金に片思いしかできない、僕の財布くらい学んでいない。
久々の親友と過ごすには、夏の夜は心地好すぎて、会話も益々弾んだ。
こんな時間が一生続けば良いのに。
年を取る度に、叶わない願いばかりが増えていく。
それでも、こういう友人がいればなんとか生きていける。
万を辞して「とりあえず、踊っとく?」と言える親友がいれば。
「」から始まる短いものがたり
2012.6.20