「で、どうする?」的なニュアンスで終わる短いものがたり
3
「空豆ちゃん、頂きまーす。」
大衆的な居酒屋で、少しばかり青い焼き銀杏に彼女は言う。
カウンターに横並びに座る彼女は、かわいい。
そういう所がモテることを、彼女以外の誰もが知ってる。
この可愛さを自分だけのものにしたくて、どれだけの苦労をしたことか。
勝利を称え、ビールを飲む。
よくやったぞ、俺。
「昨日食べた空豆ちゃんもおいしかったなぁ。」
勝利に浸っていると、左隣にいる彼女がそんなことを言い出した。
聞き捨てならん。
「昨日も飲んでたの?」
ここは、迷わず探りを入れる。
「ええ、そのあと、ホテルにも行きました。」
思わず、「ふぁっ!?」と言いそうになるが、何も聞こえなかった振りをして、ビールを追加。
店暇じゃないが、ビールはすぐに運ばれた。
「あ、さーせん。」と店員からビールを受けとる俺の横で、「だから朝帰りでした。」と彼女は言った。
この素直さと屈託の無さが女性群に嫌われることを、彼女以外の誰もが知っている。
しかしながら、さっきから聞き捨てならんことばかり、彼女の口から飛び出している。
断じて聞き捨てならん。
「あれ、彼氏いたっけ?」
「いません。」
あっという間の返答であった。
余計に混乱するではないか。
気付けば、さっき注文したビールがもう空だ。
やってられないので、強いお酒に切り替える。
「すみません」と店員を呼び、注文すると、「私も、それ、頂きたいです!!」と彼女が言った。
飛んで火に入る夏の虫とは、このことか。
願ったり叶ったりの状況である。
酔ってもらうのは一向に構わない。
というか、酔ってもらいたい。
そして、今日も朝帰りをしてもらおうではないか。
強い。
かなり、強い。
事前のリサーチで、ある程度、心得ていたつもりだったが、強すぎはしやせんかい?
「お酒強いね。」
「良く、言われます。」
このお酒の強さは、自他共に知られているということか。
「そんなことよりも、昨日、ホテル行ったのって、うちの社の人?」
お酒の力は偉大である。
こんな質問も朝飯前になる。
「そうです。良かったですよー。」
うん。
もう帰ろう。
なんだこれ。
割り勘にしてもいいかな?
いや、それはならん。
ここでやけになっては男が廃る。
しかし、とりあえず、帰ろう。
それは決定事項だ。
でも、こんなとき、神様は放っておいてくれない。
余計なお世話を働くものである。
俺はすぐにでも帰りたかったが、少しだけ、時間をおいて、店員にお会計を出してもらった。
お会計が出たので、財布からお金を取りだして「払っておいて、トイレ行ってくる」と一万円を持った左手を彼女側に投げた。
ふと、なにやら、変な空気が流れる。
時間が、スローモーションに感じる。
なんだ?
彼女の方を見る。
僕の手の甲が、彼女の胸に触れているではないか。
そうか、手が胸に触れたか。
うん。
逃げ出したい。
忍術が使えれば、何かしらの術を使い、何かしらの方法で逃げ出したかった。
でも、何もできない。
言葉も出ない。
彼女は上目遣いでこちらを見るばかりである。
「で、どうする?」的なニュアンスで終わる短いものがたり
2012.7.10