「僕の町」

 

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君は知らないだろうから教えてあげるよ。
この町には、ぐるぐるキャンディに取り憑かれたママが住んでいる。
僕は月が出たらワインでも飲んで踊る仕事をしている。
全くもってお金にならないけれど、ワインを飲んで踊れる上に、お月さんに見てもらえるなんて至極だよ、君。
分かっているかい?
とても、とても至極だよ、君。
ぐるぐるキャンディに取り憑かれたママには、しばらく会ってない。
その事実はワインと共に飲み込むんだ。
悲しくならないわけじゃないから。

 

冬の朝は寒い。
寒い朝だから冬なんだってことを、僕は最近になって気付いたよ。
君は気付いていたかい?
気付いていたとしたらすごいよ、君。

僕は月が出る少し前まで、街をパトロールする。
僕は僕の住むこの町を守らなきゃいけないから。
一緒に住む兄に買ってもらった、お気に入りの革靴をはいて出掛ける。
僕はこの靴を磨いている時が好きだけど、「あまり磨きすぎるのも良くない」と兄に言われてから、磨くのを我慢している。
我慢はあまり好きじゃない。
君は好きかい?
好きだとしたらすごいよ、君。
でも、靴が傷むのも嫌だから我慢する。

 

僕がパトロールするルートはいつも決まっている。
お気に入りのリュックを背負ったら、まずは、家のそばのコンビニに行く。
いつもと同じ時間。
いつもと同じパンと野菜ジュースを買う。
そこで働くおばさんとは、顔馴染みになっている。
たまにおまけもくれたりするけど、僕が調子に乗るからあまりあげないでと兄が言ってから、おまけをくれる回数が減った。
それでもたまにくれるから、おばさんのことは好きだ。
君だっておまけは好きだろ?
僕も同じさ。

コンビニを出たら、真っ直ぐ歩く。
いつもと同じルート。
公園に着いた。
僕はここで、パンと野菜ジュースを胃袋に入れる。
最初にパンを食べる。
いつもと変わらない味だ。
おいしい。
全部食べ終わってから、野菜ジュースを飲む。
いつもと変わらない味だ。
おいしい。
全部食べ終わると、リュックの中へ袋にまとめたゴミを入れる。
ゴミをその辺に捨てると兄に怒られてしまう。
君だって、怒られるのは嫌だろう?
僕はとてもとても嫌さ。

お腹が一杯になったら、また歩く。
しばらく歩くと、いつもと同じ電柱の下に着いた。
僕は電柱を見上げる。
そこから走る電線を見る。
いつもと同じ鳥が止まっている。
今日は2羽いる。
僕はその鳥に話しかける。
「今日はどれくらい傾いた?」
鳥は答える。
「大体、3度くらいじゃないか?」
僕は電柱に両手を付いて、押した。
3度も傾いているならたいへんな事だよ、君。
こんな風に僕は毎日、傾いた電柱を直す。
電柱はサボるのが上手だから、すぐに傾く。
僕がいなければ町はめちゃくちゃだ。

 

電柱を押していると、電話が震えた。
電話には出なきゃいけない決まりになってる。
兄からからだ。
僕は通話ボタンを押す。
「もしもし、大丈夫か?お兄ちゃんはこれから仕事に行くよ。電柱でも押してる頃か?夕方には店に来ること。じゃあ、また電話する」
それで、電話は切れた。
僕は兄の働く店でワインを飲んでいる。
だから、月が出る頃にはその店に行かなきゃならない。
あ、そうそう。
君は知らないだろうから教えてあげるよ。
僕は喋れない。
だから、兄との電話も一言も発しなかったというわけ。
何でって?
そんなの知らないよ。
気付いたらそうだった。
僕は上手く他の人間とコミュニケーションが取れない。
だから、ママはぐるぐるキャンディに取り憑かれた。
全部僕のせいだって事は知っている。
でも、僕ができる事と言えば、この町をパトロールして、月が出たらワインでも飲んで踊るくらいさ。
君はそんな僕をどう思う?
おかしいって思うなら正しいよ、君は。
だっで、多分、僕はどこかおかしいのだもの。

 

 

「僕の町」-1- 2013.1.21


ぐるぐるキャンディースプーン ブルー

僕の町 1
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