「僕の町」

 

3

更衣室の縦長のロッカーを開けると、下の方に大きな瓶がある。
LuLuの従業員用更衣室だ。
そこに僕はワインのコルクを集めて入れている。
コルクを見れば、どんなワインだったかすぐに分かる。
みんなはそれをすごいと言ってくれるけれど、普通に喋れるみんなの方がすごい。
サキタさんは、瓶の中から適当なコルクを取り出して、僕に「これは何のワイン?」と聞くのが好きだ。
僕はそんなサキタさんが好きだ。
でも、君にも教えた通り、サキタさんは兄の恋人だ。

 

そろそろ月が出る頃だ。
ワインを飲むために着替えた。
ワインを飲むために着替えるのは不思議だろう?
君は知らないだろうから教えてあげるよ。
一応お金をもらっているから、それなりの格好をするんだよ、君。
僕はYシャツに黒いベストを羽織って、黒い蝶ネクタイを締める。
ズボンも黒いスラックスだ。
兄が更衣室に来た。
「サキちゃんと来たんだね。」
僕は頷く。
「お腹空いてる?」
僕は首を横に振る。
「よし!じゃあ、今日もよろしくな!お腹空いたら、冷蔵庫にサンドウィッチ作ってあるから適当に食って。」
僕は笑って頷く。
兄も笑う。
兄は優しい。
君もそう思うだろ?
そう思うなら見る目があるよ、君。

 

僕は呼ばれるまで、ストックのワインを数えたり、様子をみたりする。
僕の町をパトロールする感覚と同じだ。
僕はワインセラーの温度計に聞く。
「誰が大人になった?」
温度計は答える。
「あぁ、そこの赤だけだね。あとは、まだ時間が必要さ」
僕はふむふむと頷いて、その赤の瓶を手に取る。
そしてまた、ふむふむと頷く。
大人になったワインは良いときに飲んであげないと、可哀想だ。
味を見た。
ふむふむ。
おいしい。
僕は、温度計に「goodサイン」を送った。
その時、「頼むよ」と兄に呼ばれた。
僕は、ホールに出る。
そこでお客さんが注文した料理を、兄が僕に教える。
ふむふむ。
僕は頷く。
そして、ワインセラーに行って、おすすめのワインを持っていく。
それを兄に見せる。
兄はいつも通り、「なるほど。そうくるか」と言ってから、笑う。
兄が笑ったのを合図に、そのワインをお客さんに注ぎに行く。
僕はお客さんに話しかけられても、答えることができない。
でも、LuLuに来るお客さんはそれを分かってくれている。
たいへんに助かることだ。
知らない人にあまり話しかけられると、僕は不安になってイライラしてしまう。
それは、兄とかサキタさんとかLuLuの人に迷惑を掛けることになる。
それは避けたい。
ただでさえ、迷惑を掛けているのだから。

 

ラストオーダーが終わると、僕はワインを飲んで良いことになってる。
兄が作り置いてくれたサンドウィッチと共に、大人になったワインを飲む。
次第に楽しくなって踊るんだ。
店の天井があるから実際には見えないけれど、お月さんはいつだって頭の中にある。
僕はその黄色い光に包まれて、踊る。

 

帰る頃には、大分いい気分だ。
僕は、兄と一緒に帰る。
サキタさんとは、途中でさよならをする。
でも、兄が本当はもっとサキタさんと一緒に居たいのを僕は知っている。
僕は一人で帰れるから、サキタさんと二人きりで町のパトロールにでも行ったらいいのにと、そう思う。
だけど、喋れない僕はそれを上手く伝えることもできないし、気の利いた一言を言うこともできない。
そんなとき僕は、ただ笑うだけなんだ。
喋れる君にもそういう時があるのかい?
もし喋れる君でもそういう時があるとしたら僕はもっと、もっと自然に笑えるだろうね、君。

 

 

「僕の町」  -3-  2013.1.23


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僕の町 3
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